★5月度UEカフェミーティングのご案内

復興から日本再生へ─

2012年は、自然エネルギーを活用した「環境産業の創出」、
心豊かな人物を育む「人づくり」を通して
「新しい日本を創る」というビジョンを掲げ、
皆さんと共にさらなる歩みを重ねたいと思います!

市民の力で未来を創っていく・・・
そのために一番必要なのは、私たち一人ひとりの主体的なアクションです!!

皆さんの人脈やご経験、アイデアを結集し、新しい街づくりを市民主体で進めていく時が来ました。

そのネットワークと新たな実践を育む場として、東京・大阪会場で開催している「UEカフェミーティング」☆

当日は、お越し頂いた皆さんに主体的に参加頂く楽しいワークや、
普段はお伝えできない、
今進めている国づくりビッグプロジェクトのマル秘情報など・・・

皆でつながり合い、新たな一歩を踏み出す企画を準備していますので、
ぜひお楽しみに!!

心あるご友人にもお声かけ頂き、皆さん奮ってご参加ください!
積極的なご参加をお待ちしています(〃^^)/

★5月度UEカフェミーティングのご案内
★5/24(月)東京会場 5/17(木)関西会場 開催★

5月度 UE カフェ ミーティングのご案内

<関西会場>

日時:2012年5月17日(木)18時30分~22時(予定)

会場:XingGARDEN(クロッシングガーデン)

   〒540-0031大阪府大阪市中央区北浜東1-2 川の駅はちけんやB1
地下鉄谷町線天満橋駅 徒歩2分

   地図はこちら

参加費:2000円(軽食・ドリンク付)
※参加人数により変更の可能性があります

申込み期限:5月14日(月)

<東京会場>

日時:2012年5月24日(木)18時30分~22時30分(予定)

会場:NPO法人アイ・エス・エル オフィス

   〒102-0094東京都千代田区紀尾井町4-1 新紀尾井町ビル5F
地図はコチラ→http://www.isl.gr.jp/info/access.php

※「社会イノベーター公志園」の野田様のご厚意で赤坂の素敵なオフィスで開催させて頂くことになりました。赤坂ニューオータニに隣接した、一階にカフェ
"Aux Bacchanales(オーバカナル)" があるビルです。

参加費:2000円(軽食・ドリンク付)
※参加人数により変更の可能性があります

申込み期限:5月21日(月)

◆お申込みはコチラ↓↓

https://pro.form-mailer.jp/fms/fc1fff0210251

4月復興カフェ 宮城県in南三陸町

こんにちは。
現地でボランティア活動をしているゆっこです。
南三陸町では4月11日に復興カフェを行いました。
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私たちの班では震災があってから現在まで何を思ったか、と南三陸町にボランティアに来て何を感じたかを話ました。その中で出た意見のひとつに感謝することを震災を通して教えてもらったという意見がありました。
都会などで生活していると、電気・ガス・水道は当たり前で、日本では食に苦しむこともありません。そんな中で便利なことが当たり前になり、まだ使えるものを捨てたり食べ残しをしたりすることは日常のなかにたくさんあります。また人に関しても、家族や友達、大切な人に感謝の気持ちを持っていても照れくさくてあまり伝えることをしないと思います。なくなってからでは伝えたくても伝えられないことがたくさんあります。日本全国で何かしたいと思っている人はたくさんいます。そう思っている人は、まず自分の日常のなかで「ありがとう」を伝えることがどこにいても、いつでもできることだと思います。その優しさが巡り巡って被災地にも届いていることだと思います。まず自分の身近なところから始めてほしいと思います。
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11月復興カフェのまとめ

11月復興カフェのまとめ
復興カフェ会場数:91箇所
延べ人数:約800人
テーマ1『3月11日はどこで何をして、どう思ったか。』
テーマ2『今どう思っているか、何ができるか?』

福島県 紺野禎子さん

皆で頑張ろうと思っても、地元に戻れない。家があるのに帰れない。
何処で何をどうやっていいのかわからないと。
その反対に出て行きたくても、仕事の都合、家の事情で出て行きたくても行けない人も沢山います。
二度と戻れないのだから皆出て行けと言われたほうがまだ先に進めると。

今、残っている子供たちの検査で、大きな影響はいけれど内部被ばくしている子供が沢山出ているそうです。定期検査を受けるようにと言われているって。
親としてこれほど切ない事はないですよね。

原発事故の被災者の方たちにとっては11日より強制避難を伝えられた12日の方が自分たちにとっては本当の震災だとも言っていました。
まだまだ先に進めないでいる人たちも沢山いることを考えなければいけないと感じさせられました。

青森県 塚本 江莉奈さん

南三陸には私の専門学校時代の友達が住んでいました。
震災後ずっと心配で連絡しても返事が来ず…
いったいどうなったんだろうって思っていました。

後日やっと友達から連絡がきて話を聞くと家が流されたと…
それでも笑顔で電話をしている友達。
胸がぎゅ~っとなりました。

後で知った事ですが、お母さんは津波で遺体として発見されたと…
その様な方々がたくさんいらっしゃると思うと、本当に今回の津波の残酷さを身に染みました。

それでも、私の友達のように笑顔で頑張っている方もいると思うと
私も頑張ろうと思えます。
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山形県 漆山 由美さん

今回、この企画に参加させて頂き、全国にはたくさんの温かい気持ちの人がいっぱいいるんだなって実感しました。

山形ということで、お隣の県なので、震災直後から何か自分に出来ること…
という思いで、動かせてもらっていました。
ちょうど、ボランティアカットで南三陸の歌津地区に行った経緯もあった為、フラッグには、あの時カットしながらお話させてもらったみなさんの顔を思い浮かべながら、取り組みました。

フラッグに書いて頂いた方達も、快く、南三陸に虹がかかるんだよ~という希望を祈りながらの寄せ書きを頂きました。
復興カフェも、6人という少ない人数ではありましたが、この人数だからこそ話すことが出来た内容だったと思います。
この震災は、忘れません。忘れるどころか、私も伝える一人になりたいです。
ありがとうございました。
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茨城県 外山 さやかさん

福興カフェでは主催者側に立ったことで、改めて震災や津波の被害、被災地の方が置かれている状況に目を向けることになり
認識を大きく改めました。想像するだけで自分も苦しくなってしまいそうなことですが、確かに存在する忘れてはいけない場所や人々。

たった10分の間に世界を激変させてしまった自然の力。また日本中のどこで起こってもおかしくないできごとでもあります。
被災地の景色があたたかいものに変わるまで、道のりは厳しいかもしれませんが、不安や不満や恐ればかりに力を与えず、
希望を持って、みんなも、自分も幸せな世界にしていくためにできることからどんどん進めていけたらと思います。

そしてそんな力を呼び起こすチカラを持ったこのプロジェクトに関わることができて本当にうれしいです。
ありがとうございました。

群馬県 島崎 芽衣さん

群馬の担当は私一人で、どうしたらいいんだろう。と悩むこともありました。
復興カフェでなかなか場所が決まらず、泣きながら交渉したこともありました。
私一人じゃどうしようもなくて…困って落ち込んでました。そんなときに助けてくれた人達がいます。
その人達が一緒に作り上げてくれたおかげで群馬のホープシェアリングは大成功しました。

この活動をしていなければ こんなに人の暖かさ、優しさ、ありがとうの気持ちを思うことはなかったんじゃないかと思います。
たくさんの出会い、人との繋がり、絆、これからもいろいろなことに感謝をしていきたいと感じました。
本当にありがとうございました。
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埼玉県 池田 優希さん 
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神奈川県 木戸 冬彦さん
このような活動がどんどん広まっていけばいいと思います。
メッセージ集めや復興カフェの活動の中で出会った人たちや、他のリーダーさんたちのメールを通じて、すごくいい刺激を頂きました。
もちろん被災地の方々への刺激にもなっていると思いますし、被災地以外の多くの方の刺激にもなっていると思います。ありがとうございます。
メッセージ集めの際に感じましたが、興味はあっても一歩を踏み出せない人がたくさんいるのではないかと思います。
そのような方たちにも少しでも広まってくれたら、どんどん幸せの輪が広がっていくと思います。
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千葉県 溝井泉美さん
私たちは忘れない…
3月11日の自分を振り返ることで、もっと自分も何かをしたい、と感じたと言う人もいて、共に一歩づつ進んでいこうという意識が高まったと思います。
そして今日かぎりではなく、大切なのはここからだと感じました。現地で聞いた、何よりも忘れ去られてしまうことが辛いという言葉。
私はボランティアへ行った際に聞いた現地の方の話が忘れられません。「あるご老人が仮設住宅に移った後、姿を見かけない。どこにいるのかと思ったら、それまでいた避難所だった。

たとえ仮設に移れても狭い空間に一人は寂しい。それなら皆で過していた避難所の方がよかった…」
衝撃でした。テレビでは仮設住宅ができてよかった、ということしか伝わらず、それで完結していました。私も話を聞くまではそう思っていました。
しかし現地の人々はこれからもここで生きていくんです。未来があるのです。
出来たからおしまい、ではなくてこれからの事も共に考え共に生きていく。その為の福興カフェだと改めて感じました。
一度現状を見ている人等はこの言葉の重みをより実感していると思いますが、TV等でしか情報を見られない人にとってはやはりどこか遠い話のようにも感じるのではないでしょうか。(ボランティアへ行く前の私がそうでした。)

そういった人達に話を伝えることでより身近に感じ、考えるきっかけとなる場の1つとしてこれからも福興カフェを開催していきたいと思いました。
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東京都 柳葉 志穂さん
今回の福興カフェでは、16人中10人がUEで活動したことがある人でした。
“ボランティアに参加したことがないけど被災地のことについて知りたい”とか“現地には行きたいけれどいろいろな事情で行けない”という方などに本当はもっと来ていただいてシェアリングできたらなと思っていましたが、なかなか人を集めることができませんでした。
シェアリングの内容にあった“いま何ができるか”については、はっきりとした答えはでませんでしたが、それでもやはりこうして東北についていろんな人とシェアリングをしていける場というのは必要だと思いました。
また、一人ひとりの力は小さくても、みんなの想いや行動がひとつになれば、とても大きな力になるのだということを、今回のプロジェクトを通して実感しました。
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新潟県 坂井 奈穂子さん
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石川県 宮竹 政廣さん
・7か月だからこそできることもある。
すべての人が同じ行動(被災地に行く)をすると社会はおかしくなる。
いろんな行動があるからこそよい。
金沢だからこそできることもある。
経済を動かす役割もある。
・震災前に「日本という国はダメになるだろう」と思っていた。
若い人々の目も目標を失っているようだった。
震災が起きた時に「日本って、もう一回復活できるかも」と感じた。

5月に被災地に行って「もう立ち直ったな」と感じてしまった。
人間って、どんな状況からでも立ち直れると思った。
若い人がすごく頑張っているのを見て「若い人もすごいんだ」と感じた。

・私も被災地に行って色々と感じたことがあった。
みんなに行ってほしいと思うけれど、その方たちの環境もある。
私自身、行けた環境に感謝したい。
・復興ではなく再興だ。
ゼロから作っていかなくてはいけない。
「何かしたい」と思いながら現地に行くと「何もできない自分」がいた。

富山県 宮舟 貴子さん
シェアタイムでは、ご親戚に被災地の方がいらっしゃるとのお話も聞けました。あのとき
感じたことを思い出し、共有し合うことで震災のことが再び近いところで思えるようになりました。
また、何が出来るのか?そのときは、答えを出せずもどかしさを感じていたのですが日を追うごとに身近に何かをしている方がたくさんいることに気づけたり、クリスマスプレゼントのお菓子を贈ろうなどアイディアも出てきたりしています。
1回目の福興カフェから次への展開が生まれてきたこと、3月には少し大きな形でやりたいとも思っています。
また、終わってから日を追うごとに次は参加したいと賛同してくださる方も出てきました。
こうやって被災地の方へ何か出来る可能が生まれ、同じように全国でもそれぞれ形になりだしたとき、東日本の被災地を救う大きな力になるはずです。
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福井県 小川 真也さん
教師としての使命感を確認し合い、月曜日から、本業である生徒に伝えるということについて、具体的にどのように語るか、教師としての今後の取るべき具体的行動とは何か、などを話し合いました。
今後も目の前の自分の持ち場に全力投球していきます。頑張りましょう!

今回は職場の同僚だけの開催となりましたが、20名が集まってくれました。現地で活動をさせていただいた体験談をお話させていただいたり、教師としての生徒に伝えるべき使命感を共有し、早速全校で集会を開きました。
大切なのは、今後どれだけ細く長く続けていくかということです。

活動を校外にも広げていきます。
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岐阜県 市原 美幸さん
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長野県 清水 かほりさん

参加者もバラエティーに富んでいました。
整体師、ヨガのインストラクター、水道施設工事業の代表取締役、野生肉料理の専門家、パティシエ、中学校の先生、農家、システムエンジニアなど、様々な職業の方が参加してくれました。
参加者のうち約半数が、支援のために被災地に出向いたことがあるそうで、驚きました。
「とにかく何かをやらずにはいられなかった」
と、何人かの人が口を揃えて言っていました。
もう一度、震災について考えるという意味で、とてもよいきっかけになったと思います。
あまり知られていませんが、東日本大震災の翌日である3月12日、長野県栄村では三回にわたり、震度6の地震に見舞われました。
死者が一人にも出なかったため、あまり報道されていませんが、全壊や半壊の住宅があり、今も仮設住宅で暮らしている人がいます。
どこかの回で、栄村をフォーカスして話し合いたいと思っています。
大変、貴重な経験をさせていただきました。
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京都都 藤田 実可子さん

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大阪府 真 和子さん
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和歌山県 桜井 保典さん
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山口県 鍵谷 翔子さん
山口は上関原発計画の問題もあり、かなり話が難しい方向に発展しているグループもありました。
また私の大学の震災復興プロジェクトに関わっている教授が4人参加してくれて、経済的な面からも問題点について議論できました。

皆さんにアンケートを記入してもらうと、
「非常に良い機会」
「意識が高まった」
「次回までに勉強と経験を積んで、また参加したい」
という言葉をたくさんいただき、感無量です・・・

たくさんの出会いに感謝!
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島根県 三成 裕之さん
被災地の学校へ冊子を送る活動や島根県に避難されている方々の生活支援の発表などがありお互いの活動を支援しあえる話し合いができたのではないかと思います。

個人的には震災後、本当に沢山の方々とのご縁を頂いてます今回も沢山のご縁がありました。
皆さん本当に温かく素敵な方ばかりで今回の活動も全国各地で協力して下さいました。
人と人とを繋ぎ助け愛の心を深めるフラッグだったなぁと沢山の感動を頂きました。

今後も沢山のご縁を頂きご縁とご縁を繋ぎ、今できることを伝えていきます。

愛媛県 飯田 衣美さん
① 311の時にどこで何をして、どう思ったか。
・仕事中で地震には、気付かなかったがニュースで地震を知り思わず「逃げて」と叫んでいた。
・学校から帰ると地震のニュースが怖かった(小5)
・北海道では感じなかった。後で知ってびっくりした。
・地震の知らせを聞いて東北の友人や親戚の安否が心配だった。連絡が取れた時は思わず安堵した。
・信じられなかった。など・・・

② 今はどう思っているか。何が出来るか。
・震災から8ヶ月経ってもなかなか進まない瓦礫処理や原発問題が早く終息してほしい。
・東北の冬の寒さは、厳しいだろうから大丈夫だろうか。
・福興市の開催に元気をもらった。
・今、どんな支援が必要なのか。
・亡くなった方の死を無駄にしないためにも、自分たちが出来る防災はなんだろう。
・震災直後は、日本全体が揺らいでいたが、今は風化が進んでいないか。
・「忘れない」事の大切さ・・・など
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香川県 三好 東曜さん
放射能の汚染が今も続いているので、とても複雑でした。正直、皆様の健康が心配です。
復興と言っても人それぞれ使っている意味は違うと思うのですが、なにを持って復興とするのかを話し合わなければ始まらないと感じました。
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鹿児島県 小宮 里緒さん

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大分県 浦田 龍次さん
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福岡県 香葉村 真由美さん
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アメリカ(テネシー) 田中 みさきさん
震災直後、私はどうしようもないほど落ち込みました。

外から見てるだけでえいが?自分に何が出来る?って真剣に考えました。
スカイプで余震が続く東京のリスニング仲間と話したり(カメラで余震を見ました)、同じように落ち込んだYちゃんとお茶して心が落ちついたり。
「そうや!同じ気持ちの人はおるはず!お茶会しませんか?と呼びかけてみよう!」
自分の感じてる気持ちを、アメリカで知り合った日本人全員にメールで伝えてみました。
「私も同じ気持ちです!何かしたいです!」と数人から連絡が来てお茶会をしました。

一番に電話をくれたRちゃん(ご両親が被災地出身)は、なんと一人で日本食レストランに募金箱を設置するという行動をしていました。
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オーストラリア(ゴールドコースト) 光本 純子さん
東北震災の方々にお手伝いをしたいが、募金を集めることのほかに何をしたらいいのか分からない。
震災を機に様々な問題が出てきたが、その問題別に復興状況、解決状況を把握する全体図のようなものが欲しい。

日本のマスコミや東電や日本政府が事実を隠蔽するような態度が続いたために心から、日本に頑張って欲しい! 何がなんでも応援する!
という純粋な気持ちが、遠ざかってしまった気がする。
震災被災者に一日でも早くもとの生活に戻って頂けるよう応援する気持ちは今も同じ。
その気持ちや応援がダイレクトに届くようなしくみが欲しい!
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南アフリカ(ヨハネスブルグ)
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バハマ(ナッソー) 辻 清香さん
カリブ海の島国、バハマの首都ナッソーに暮らして4年目になるさやかです。
9月と10月に南三陸町でのユナイテッドアースの活動に参加したことが、今回の復興カフェに関わったきっかけとなりました。
私はあの3月11日の出来事をここバハマで知りました。
今はインターネット等を通して、日本に関する情報はかなり手に入りますが、そのことが私にとっては余計に日本で起きていることをこの目で見たい、肌で感じたいというもどかしさに

なりました。
そんな思いをかかえながら私はようやく夏に帰国することができました。
絆レインボーフラッグと復興カフェの企画を知り、“海外でも復興カフェを!”という話を最初に聞いた時、私は自分が日本に帰る前に感じていた『現状を知りたい』『何かできること

はないか』という思いを今も抱いている人(特に日本人)がバハマにもいるのではないだろうかと思いました。
バハマは日本から遠く、なかなか頻繁には日本に帰ることができません。
また、こちらに住む日本人も少なく、みんなで情報や思いを共有し合う機会も少ないのです。
被災地のために、そこに暮らす方々のために、遠くに暮らす私達には何ができるのかということまで話はおよびましたが、今回は答えが出ませんでした。
しかし、これからもその答えを探していこう、という形で今回の会は終了し、被災地やそこで暮らす方々を忘れないという思いを共有できたと感じました。
私の周りの日本人は遠く離れていてもみんな心の根っこは日本にあり、日本が大好きです。
それなのに何もできない、これから日本はどうなっていくんだろう?という気持ちを多くの人が持っています。
そんな中で南三陸町で少しですがお手伝いさせていただいた私が、遠くから被災地や日本のことを思っているというこちらからの思いと、まだまだ厳しい状況が続いてるけれども一歩一

歩前に進んでいっているという被災地からの思いを繋げていくことができれば、と考えています。

南アフリカ 礒谷 千恵さん
東北地方の全ての方にお見舞い申し上げます。
皆様の生活が元に戻り、日本が復興するよう心よりお祈りいたします。
「トンネルの終わりには必ず光が見える」
皆様に神のお恵みがありますように。

インド(バンガロール)
宮城や福島で起こったことは、日本の方にとって大惨事だったことと思います。私たちは日本での自然の猛威に気付き、衝撃を受けました。
私たちは日本の被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。
私たちインド人は、被災者の方が早く立ち直るため、また亡くなった方が安らかに眠るために十分な力を与えてくださるよう、神に祈ります。
India

今までのDVD映像のURL集

★11月復興カフェDVD内容

『花の名』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=9JBamrujWJk
地震から40日後、未だ残る爪跡、子供達の笑顔などをまとめた映像です。

『2011年3月11日 世界中が祈りはじめた日』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=SPxx1R01uuk&feature=related
世界中からの祈り、応援メッセージなどえをまとめた映像です。

★12月復興カフェDVD内容
『絆レインボーフラッグが出来るまで』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=nUrkvoM95oU&feature=g-all-

u&context=G2380126FAAAAAAAALAA
絆レインボーフラッグが出来るまでの様子を集めたスライドショー

『南三陸町 絆レインボーフラッグ 111111』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=mc–PNreibg&feature=g-all-

u&context=G2b44575FAAAAAAAANAA
絆レインボーフラッグを宮城県南三陸町で掲げた様子をまとめた映像です。

★1月復興カフェDVD内容
『全国絆レインボーフラッグ』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=dC5Gx1Vzb6Y&feature=youtu.be
⇒〈英語版〉http://youtu.be/tnm0hAL7vVw
各都道府県から集まった絆レインボーフラッグの動画をまとめた映像です。

『福島絆レインボーフラッグ』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=kvPl3eyDSDc&feature=youtu.be
絆レインボーフラッグを福島県いわき市、郡山市で掲げた様子をまとめた映像です。

★2月復興カフェDVD内容

『感動ドキュメント・チェルノブイリの子供たち』
http://www.youtube.com/watch?v=bp12djFJe0Q
⇒チェルノブイリの現状、レインボーマフラーを届けた様子をまとめた映像です。

『Arigato from Japan Earthquake Victims』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=SS-sWdAQsYg
被災地の人たちからの「ありがとう」を世界に伝えていく映像です。

★3月復興カフェDVD内容

『被災地からの「ありがとう」』
⇒http://www.youtube.com/watch?v=fZJyxOHpjvA&feature=youtu.be
⇒〈英語版〉http://www.youtube.com/watch?v=19khGVkPUEw
被災地からのありがとうのメッセージを集めた映像です。

『被災地でのこれからのビジョン』
http://www.youtube.com/watch?v=zhzEc5nV-Vg
私たちの考える被災地でのこれからのビジョン映像です。

12月復興カフェのまとめ

12月復興カフェのまとめ
復興カフェ会場数:35箇所
延べ人数:約300人
テーマ1『福島の原発事故をどう思うか、自分達に何ができるのか
テーマ2『1111日から1ヵ間、どんなことを思いながら生活してきたか。』等

宮城県(南三陸町) 内田和芳さん

住民の方の話を聞いていくうちに、住民の絆や家族愛、何よりも人間の強さを感じられました。そして、このような話を聞いて被災者の体験談を地元に帰って伝えていくことがボランティアに来た人たちの使命だと僕は思います。
皆さん是非、実際にボランティアに来て地元の方と話してください。実際に触れ合い話を聞くことによってしか、わからない苦しみが伝わります。そして、人間の強さを知ることが出来ると思います。
この話し合いを通して原発の意識・知識が向上したのは間違いがなく、語り合いによりこの機会を得る事ができるのは、すばらしい事だと思います。

そして、原発の必要性を今一度考え、福島規模ではなく、全国規模でもなく、世界規模や未来への意識で考える必要がある思います。
今回の復興カフェで一番感じたことは、人の意見を聞き、原発や震災について、もう一度広い視野で見つめる事出来ることです。
その話し合いの場を作るだけで世界中に人のつながりが生まれ、それが被災地の復興につながるんじゃないかなって思います。
甘い考えですけど、僕はそう考えました。だから、自分の中で今日の出来事を終わらせず、共有・共感したことをいろんな人に共有して欲しいなって思います。

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東京都 渡辺 達也さん

参加者の感想をまとめますと、やはりこういった会が月に1回あるといいということでした。
今日の参加者は(僕を除き)全員南三陸でボランティアをなさっていたのですが、東京に帰ってくるとやはり被災地のためにできることが限られてくるので、せめてこういった形で地震のことをしっかりと意識し考えたい、という意見もありました。
僕個人としても、ただでさえ忙殺されがちなこの東京で、人々の頭から震災を忘れさせないためには、こういった活動が必要だと思います。

石川県 宮竹 政廣さん
言える世の中がきっと来る。
大事な物の順番が変わった。
古い体質は、壊れて大きく変わっていく。
などたくさんの、きずきがありました。
あなた様に、全てのよきことが雪崩のごとく起きます。
ありがとうございます。
感謝しています。
愛しています。

長崎県 葉山 義浩さん

長崎でも開催することによって
実際に会場に足を運べない人でも
告知のメールやtwitter、facebookなどを目にすることによって
11日という日を意識するきっかけになると
信じて活動しています。

中には、会場には足を運べないけど
自宅でそのことをじっくり考えていきますとの
メールをいただいたりしてます。
感謝!!

埼玉県 山田 ひかりさん

今回初めてリーダーをしてみて、8人という少ない人数だったんですが、充実していたと思います。今まで友達とこんなに真面目に震災や原発のことを話したことがなかったので貴重な時間になりました。やっぱり多くの人が原発について忘れてる部分があったと話していて、私も実際に震災には関心があったけど、原発という問題に対してあまり意識を向けていなかったことに気付きました。
復興カフェを通して、私と逆の意見や色々な考えが聞けて本当によかったです!
それから、リーダーとかはたくさんの人と協力してやらないと人は集まらないし、回を重ねるにつれて同じ人ばかりになってしまうなーとも実感しました。

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新潟県坂井奈穂子さん

原発に近い地域の子どもたちは灰色がかった青白い顔色で、あまり外出させてもらえないため元気がなく、ストレスにさらされていると。
また、不安そうな母親の顔色を伺っているようだと。

Mさんの願いは、一時でいいので汚染濃度の高い地域を離れる時間を作ってほしいと。
だけど、離れたくても離れられない事情のお母さんからは
「逃げれるならとっくに逃げてる!危険だとか、子どもたちのことを想うならとか、言いたいことは充分わかってる!わかってるけどどうしようもないの!だからこれ以上その優しさで私たちを傷つけないで!責めないで!もう言わないで!」
そんなことを何人にも言われているそうです。
福島のお母さんは、放射能がどれくらい怖いか、痛いほどわかってる。

残ると決めた人たちにできるせめての支援をと、果物や野菜を届けている。
避難して来てる人たちへの支援はできますが、残ると決めた人たちへの支援…。
私たちも身近に刈羽原発をもつ身です。
同じことが起こったら、
どうしたいだろう?
どうしてほしいだろう?
そんな話も、「逃げたい」「やっぱり残りたい」に分かれました。
なかなか、答えは出ませんでした。
また、今後の課題になると想います。

福島県 紺野禎子さん

子供たちを預かっている小学校の教師。南相馬市はただ1校を除いて高台に学校があったおかげで難を逃れ、津波にのまれた1校も先生の誘導で高台に避難。
学校に残った子供たちが全員助かった事は本当に良かった。でも、学校が再開され始めた今、その4分の1程度の子供しか地元にはいないとの事。
目に見えない放射能の恐怖の中で子供たちを育てる事が出来ないのは当然です。
色々な事情で移住することが出来ない人達も定期的に体内の線量を測りながらの生活です。

また、被爆した介護施設からの受け入れをした介護施設勤務の友人。その運ばれて来た入居者に誰も近寄ろうとしなかったそうです。ズボンも履いていないお年寄りなのに・・・
自分が世話をしなければ・・・その覚悟を決めて施設に戻った時、二度と家族と会えない。そう覚悟して戻って来たと言います。

誰もが同じことを言います。
「津波だけだったら・・・」
津波の被害で苦しんでる方達にとっては「ふざけるな」と言いたくなる言葉かもしれませんが、二重の被害にあった方達の気持ちを想えば理解出来ます。

浜通り地方でも、津波の被害を受けていない沿岸部以外の住民は皆元気。
でも「頑張ろう」っていう気持ちが湧いてこない。
人々を助ける為の義捐金。それが逆に働く意欲をなくさせてしまった現実。
働き手がいない為に、スーパーやコンビニ、大型家電店など再開出来ない。
どんどん町は廃れて行きます。悪循環です。

今、私が願うのはそれでも負けないで欲しいです。一人一人が前を向いて欲しいです。笑顔でいて欲しいです。

多くの友人がいる福島県。震災後、自分達も大変なのに心配してくれた友人達のメールや電話にとても励まされました。

自分はその友人達が住む町に、友人達に何をしてあげられるんだろう・・・

まだまだ先が見えない福島県ですが、友情という「絆」でこれから出来る事を探して行こうと感じました。

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宮城県(南三陸町) 成田達也さん

全国で福興カフェが開催され、ここ南三陸町でも福興カフェが開催されました。

地震や津波で多くの方が亡くなら、大好きな街が破壊され、言葉にすることができない光景が広がっています。

友人や知人、そして家族を亡くされた遺族にとって、この9か月をどんな思いで過ごしていたのか。そしてこれからの南三陸町の復興を進めるにはどうしたらよいのかという不安、様々な想い入り交えながら、前を進んでいくことでしょう。

原発に関しても賛否両論があると思いますが、私たち自らの行動次第で今後のカギをにぎるかもしれません。

しかし、一番大事なことは、自然やエネルギーをどうやってうまく向き合うべきか、福興を通じて、東北を中心に起きた震災を忘れないようにする責務があるのではないでしょうか。

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栃木県 日下田 すみれさん

12月11日は、3月11日を久々にじっくり思い出しました。
5歳だった長女は幼稚園。3歳だった長男はお友だちの家。わたしと6ヶ月だった次男は、友だちの車に乗っていました。

当時、埼玉の三郷にいたのですが、友だちはハンドルが効かずおかしいと思い車を止めました。
嘘みたいに周りの電柱や地面が揺れていて…
電話も全く通じず…
ありがたいことに、家族みんな元気に会うことができました。

12月11日。こどもらは、怖かったよね。すごく揺れたよね。先生や、お友だちのママが守ってくれた。と話していました。
今は前と同じように生活できてありがたいね、というと、そうだね、みんな?と。
まだあの時の地震や津波で大きな被害のあった所では、前みたいに生活できない人達もたくさんいるんだよ、と話すと、早く元に戻るとうれしいね。どうすればいいのかな?と。
小さなこども達も、地震の後は少しの間、胸の痛みが出たり、お腹が痛くなったりしたことを思い出しました。
時間の経過と共に、それもなくなり…
小さな心は、色んな事を思ったんだろうなと。
被災地の方々のからだや心に受けたキズが癒えるまで、何かし続けたいと思いました。

神奈川県 木戸 冬彦さん

個人として、どのように復興支援をできるかについて話しました。(福島のことは1月にやります)
・復興牡蠣(牡蠣の養殖に、先に1万円投資して、数年後でも牡蠣ができたときに送付される)のシステムに投資
・仮設からいずれ出ていく人たちのために今のうちに家具や家電などを集めておく
・銀行口座を城南信用金庫に変更する
・個人として支援するのは非常に難しい。何をしたらいいかわからない。
・11月11日から、何も考えていなかった。忙しさを理由にしていた。
・無意識的に関心が薄れている。

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富山県 宮舟 貴子さん

◎シェアタイムでは、「震災・復興への思い」をテーマに話し合いました。
 ※今回の頂いたテーマは取り上げませんでした。
  冒頭に震災復興をからめたテーマで真国寺ご住職よりお話を頂きました。
  ご住職の話から上記テーマでシェアタイムを進めました。

◎シェアタイムで話し合われた事柄
・今回の震災で「本当に大事なものは何か」を考える機会になった。
・震災で普段見えなかったものが見えてきた感じがする。
・震災直後は富山からも乾電池が無くなったり水が店頭から消えたりして大変さを実感した。
・震災以降、被災された方やそれを支援している方々のがんばる姿を目にして、「自分も少しづつ変わりたい」という気持ちが芽生え、前回、今回と参加してみた。
・被災されてもなお地域の復興のために行動する方々の笑顔が素晴らしい。
・震災すら必然として受け入れ、そこから学ぼう、変わろうという姿勢に感銘を受けた。
・震災直後はそのことばかりを考えていたが9ヶ月経過し徐々に考えなくなっていた。
 そんなタイミングで今回のカフェがあってとてもよかった。
・何とかしたいと思っていても個人の力はとても小さい。でも小さいことの積み重ねだと思って大好きな歌手のチャリティーつきCDを購入している。
・学校の文化祭でレインボーフラッグを提案した。クラスのみんなが協力してくれとてもうれしかった。

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京都府 藤田 実可子さん

今回のテーマが福島の原発ということで少し難しかったです。
今そこで働いている人たちにとっては稼ぐためにもいるものなのかもしれませんが、 私たちの中では原発はいらないのではないかということになりました。現在日本にある原子力発電所はほとんど停止されており使われていないけれども私たちは普通に過ごしています。ということはなくてもいいのではないか、他のもので補えるのではないかと考えました。そして、もしそれが無理だとしても将来の子供たちのことを考えたら、今電気が使えなくてろうそく1本で過ごせと言われたとしてもそれで将来子供たちが安全になるのならそれでもいい。とおっしゃった方もおられました。
今後、学校教育にこの問題を取り入れるべきである。そして原発においてわかっていることはもっとあるはずであるからそれを全て公表するべきであるという話がでました。

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山口県 鍵谷 翔子さん

今回のテーマは原発ということで、興味関心がない方にとっては少し難しくとっつきにくいと感じられるか不安でした。
 でもせっかく参加しくれた方には色んなものを吸収してほしかったので、シェアリングをする前に原発に関する知識クイズを出したり、原発に関してされていない報道などの恐ろしさをプレゼンさせていただきました。それによって参加者全員が興味を持ってシェアリングしてくれました。
 福興カフェが終わった後参加者の方からたくさんメールが来て、
「復興への道を開いてくれてありがとう」
「この会に参加したことで多くの人に出会えて、今とても充実しています」
「この会をきっかけに若い私たちが自ら動かなければならないと強く感じました」
など、嬉しく心強いコメントをたくさんいただきました。

また、今回のテーマの原発ということで私自身かなり勉強したり、色んな講演に参加したりして知識を得ました。
テーマが原発ではなかったら、こんなに行動を起こさなかったし、こんなに素敵な出会いもなかったでしょう。
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香川県 三好 東曜さん

・政治が重要な事を決めるので、有力な候補をたてて
参政していく必要がある。しかし、今の制度は現職に有利で
とても資金力の無い新人が参政しづらい状況である。
・もう政治は放っておいて、自分たち独自で経済が回る
コミュニティを作り上げる事が大切ではないか。
・脱原発を訴える映画の上映会をしてはどうか
(上映会をする時にどういった人をターゲットとするか。
近い人に訴える努力を忘れない。誘うときも自分が福島の人たちの代表だと思い
話す練習として誘う。かえるちゃんカフェで毎日違う映画を上映。上映権の
問題はどうなるのだろうか。ビデオ上映ではだめだろうか。等)
・毎月サウンドデモを行う件について
・事態は緊急を要するので、今もっと出来る事があるのではないか。

まとめ

結局、原発を止める事が最初のステップ。まず、原発を止めなくては
それと同時に児童の疎開、移住、コミュニティ作り、政治的アプローチ
、自然エネルギーへの移行を同時進行で進めなくては行けない。
ここで話した事を話しただけで終わりにするのでは無く、
具体的なアクションまで落とし込む必要があると感じます。

イマジンからイマジン&アクションへ
行動しまくらないと何も変わらない、
未来に自分の子供たちに、「お父さん、あのとき何をしてたの?」
と聞かれて、もっとこうしておけば良かったと
後悔しないように、精一杯やろうと思いました。

革新的な技術もいつもベンチャー起業の中から
生まれます。

どうせなら、嬉しい、楽しい、ポジティブな意味付けを。
この事故、この震災、この時代に感謝して前に進みたいですね。

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佐賀県 中尾 久美子さん

今回、この復興カフェを通して改めて、被災地のことを考え、これから私たちができる事何かと話し合い考えあうことができました。

原発事故については、私たちが住む佐賀も原発とは身近な環境にあるということで、今回の事故が私たちにとってとても深く考えさせられる問題であると感じました。
原爆を唯一経験している日本が、なぜ原子力エネルギーに頼ってしまったのか、原子力発電の情報、知識が政治的なことでしっかりと市民に伝わっていなかったのではないか。私たち自身が、原子力に対する知識や認識が薄かったことに、この原発事故を通して思い知らされたように思います。
原発事故によって、福島はあらゆる被害とともに風評被害も受けていること。津波だけでなく、原発事故によって被災地の方たちは故郷を手放さなければならなくなったことを思うと、居た堪れない気持ちになります。今こそ、原発の必要性をもう一度考えていくときであると思います。

現実的に今すぐに原子力を廃止するのは難しいですが、原発に頼らない生活に近づけるためにも消費電力の減少(節電)が、まず私たちが取り組めることと思い、心がけた生活をしていくことを今回家族で決めました。

そして、この3.11のことを風化させないためにも、被災地に行った一人である私自身が、被災地で目にしたこと、感じたこと、知ったことを一人でも多くの人に伝え、復興や支援の輪につなげられるよう頑張ります。

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長崎県 葉山 義浩さん

長崎でも開催することによって
実際に会場に足を運べない人でも
告知のメールやtwitter、facebookなどを目にすることによって
11日という日を意識するきっかけになると
信じて活動しています。

中には、会場には足を運べないけど
自宅でそのことをじっくり考えていきますとの
メールをいただいたりしてます。
感謝!!

アメリカ(サンフランシスコ) 日野洋子さん

19歳のあなたが、被災地のこどもたちや大人の方々の中で、リーダーシップを発揮して輝いているすがた、すばらしいです。あなたのような方がこれからの日本を支えていってくださるとおもうと心強いです。

1.福島の原発について
まず、原発にたよらなくてもいいように、電気の使い方など、自分の生活をみなおす。
バングラデシュの砒素問題のように、NGOの活動がもっと必要。(友人はバングラに海外青年協力隊に行っていた経験あり)

2.3月11日のこと。
信じられない、現実でないように感じた。

3.11月の復興カフェをしてみて。
日本人なら、なんらかの重たさを3月11日以降かかえている。それをわかちあう場所が必要だったということがわかった。

1月復興カフェのまとめ

1月復興カフェのまとめ
復興カフェ会場数:35箇所
延べ人数:約300人
テーマ1『福島の原発問題に対して自分達に何ができるのか。
テーマ2『1211日から1ヵ間、どんなことを思いながら生活してきたか。』等

秋田県 佐々木  菜々美さん
こんにちは。おみです。先ほど復興カフェを終えてきました。初めての開催で、普段から行われている交流会の時間を少し借りるという形だったので、プログラムどおりの復興カフェとはならなかったのですが、集まってくれた皆さん、とても熱心にDVDを見てくださいました。
交流会後にホールに残ってくださったのは6名。私からいろいろと説明をしながら上映しました。時折すすり泣いたり、日の出の映像に手を合わせる方もいらっしゃいました。その後はお昼ごはんを食べながら復興についてそれぞれ語ってくれました。

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山形県須藤 久美子さん
・福島の原発について
まだまだ知らないことが多く、どうしたらいいかわからないという意見が多かったです。正しい知識を知った上で、自分たちに出来ることや原発に対する意見を拡散していくことが必要だと思いました。

・前回の復興カフェまたは震災から今までなにをしてきたか?
復興カフェからは、何が自分にできるかを考えてニュースや新聞など今までよりも目を通すようになった。また、今ここに健康に暮らしていることに感謝しなくてはならない、これから出会う人を大事にしたいなど話し合いました。


福島県紺野 禎子さん
今月の福島県は郡山市で開催しました。12月のいわき&郡山のレインボーに来られた郡山のボランティアの皆さんとで行いました。
 郡山周辺は同じ福島県で原発避難者を受け入れている側です。所々にホットスポットはあるものの震災の被害は特になかったと思っていましたが、今回地元の方達の話をお聞きして報道はされない地域でも建物倒壊、土砂崩れなど多くの被害があったことを知りました。その為に仕事を失った人が少なくない事も。
 今回の震災は、津波、原発、今までに体験したことがない甚大な被害ではありましたが、もっともっと被災した人は沢山いるという事を忘れてはいけないと思います。今回もやはり3月11日の事を忘れかけていると言う意見が多く聞かれました。11日だけでなく、常日頃1人でも多くの人に震災の話をし続けて行かなくてはならないと感じました。

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東京都渡辺 達也さん
今回東京・神奈川合同会場には石巻や仙台に行かれた方、ご実家やご親類が茨城や千葉の方などいらっしゃって、南三陸以外の被災地の話なども含め様々な意見交換を出来たのですが、改めて今回の地震がたくさんの地域に壊滅的被害を与えたということをメンバーみんなで認識しました。
今後の復興のためには、被災地に継続的にお金が落ち、雇用が戻るよう、被災地に産業を持っていくことが大切ということで全会一致しました。その中でも特に、地震直後の状況をしっかりと語り継ぐ博物館や「語り部さん」をつくる、また繁殖力の強い明日葉などの植物中心に沿岸を緑化・農地化するなどし、修学旅行などの観光地になるような施策がいいのではないか?という方向で話が盛り上がりました。
 漁業など中心で若者が離れていた地域ではあったものの、そういった独自産業をつくり、自信をきっかけに地域を活性化させていくことが出来ればと思います。

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石川県宮竹 政廣さん
11日の復興カフェ,14人が集まって沢山の素敵な意見、感想を聞かせていただきました。新しく参加してくれた人も6人おり,介護の仕事を立ち上げる人、スポーツバーを経営している人、専門学校の校長先生,公務員、里山再生を目指している人と様々な方が参加してくれました。
復興カフェは、今回の大災害を自分たちの問題として、とらえて、自分達みずから、出来る事をやっていく人達の集まりです。周りの、沢山の人との出会いから、ドンドン繋がっていき、この日本を、石川県から変えていきましょう。
原発の問題も、反対ではなく危険な原発がなくても暮らしていける社会になる事が大事です。みんなが安心して暮らしていける世の中にしていきましょう。


山梨県織田 美恵子さん
被災して山梨に移住した方の話を伺いました。
今、一番困っているのはお金だという話。そして、引っ越してきたはいいが知り合いもいなく困ったことがあっても結局一人で抱え込み、精神的にも厳しいという話。
今から何ができるだろうか?どんなことが必要だろうか?と再度考える機会となりました。一人ができることや募金できる金額には限度があるけど、一人一人が動けば大きなものになるはずと思っています。
いろいろな手当や措置が終わってしまうこの時期。それでもなんとか生きていこうと決めて踏ん張っている方の力に少しでもなれたらいいなと再度思いました。


京都府藤田 実可子さん
今回、初参加の方を4人迎えました。そして震災が起こった日のことを改めて思い出す機会となりました。また、今回参加してくれた中の一人が福島出身の人で、実際にこの原発の被害を大きく受けている人の話を開くことで本当に深く考えさせられました。

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香川県 三好 東曜さん
震災、原発事故のことについて
本当に考えて、放射能に気を付けて、活動をしたり、向き合ったりしている人は
少し遠く離れた香川では、実際は一握りのように感じています。
でも、前向きで生きるエネルギーいっぱいに感じる人たちがたくさん集まりました!

長崎県 葉山 義浩さん
昨日の福興カフェHOPEシェアリングin長崎県大村市は参加者10名で行いました。
新規メンバーが4人と新鮮な感じでみんなが感じたことは西の果て長崎で震災直後から被災地支援へと直接出向きたいにもかかわらず仕事の関係などでなかなか行く機会に恵まれず、もどかしさを感じていたという意見が多数でした。
全般的にはDVDを観る中で現地の今の様子を目の当たりにして復興までにはまだまだ道のりは長いこと。
それでも、現地のみなさんが一丸となって諦めることなく、取り組んでいらっしゃる姿に感動して、各県のフラッグ映像では涙を浮かべる人も居ました。
この福興カフェでシェアしたみんなの思いを元にそこから自分で今何ができるかを自分で考え、できることをそれぞれがやっていくというスタイルを続けていきます。
常に行動していく。

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アメリカ(ロサンゼルス)  阿野陽子さん

 参加者は4名でしたが、中味の濃い集まりとなりました。今回は、石巻のめ組にボランティアに行かれた井上小夜子さんの現地体験の話を聞きました。小夜子さんが撮った写真、用意してくださった地図で、わかりやすく、貴重な体験をシェアしてくださいました。
原発についての意見交換もしました。原発の平和的利用というのは、あり得ないというのが4人の共通した意見でした。私は広島出身なので、原爆を体験した広島は、特に原発の存続に異議を唱えなくてはいけないと思うが、その広島でもどうも原発と原爆は全く違うような風潮があり、とても残念です。
今も放射能が漏れている福島原発、またいつ起こるかもしれない原発事故、ほんとうにどうしたらいいのだろうか。話しても、話しても、結論はでない討論ですが、真実をしらなくてはいけないということで、小夜子さんから原発問題のサイト、被災地のボランティア活動の紹介がありました。

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群馬県 島崎芽衣さん
群馬復興カフェでは8名が集まり、たくさんのシェアをしました。
今回は様々な年代の人がいて、バイク屋さんや、洋服屋さん、床屋さんだったり、エネルギーの開発について勉強してる人だったりと、私が知らないことがたくさんあり、とても勉強になりました。
1時間も時間をオーバーして、熱く語り合いました。

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富山県 宮舟貴子さん

福興カフェの報告会によって、放射能問題を抱える福島がとても近いものに思えるようになった。
シェアタイムでただ漠然と思っていたことや何が出来るのかもどかしい思いでいたが、
今はこうして被災地との直接のパイプが出来ていることに気づく。
また、現地では応援するイベントが積極的に行われていることも知る。
何が出来るか?そろそろ形にしたい思いが湧いている。
できることなんてないんじゃないか?そんな声もあるが・・・
いや、そんなことはない。相手を知り、身の回りを見渡した時、出来ることはたくさん転がっているように思う。
また、同じ思いを持った仲間とアイディアを出すことで色々なことができるんじゃないかと思う。
私達に出来ること。小さなことでもいい。その積み重ねと繋がりが被災地の復興を支える大きな力に成るはずである。
だから、忘れないでいること。気に掛けてみることから始めよう。そして思いをもったならばいっぽ踏み出してみよう。

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奈良県 森田 明大さん
今回の復興カフェでは、福島の原発や震災についてのシェアリングだけでなく、新たに来て頂いた方にUEでの活動を知ってもらう良い機会にもなりました。
シェアリングを通して感じたことですが、福島の原発に対してやはり皆さん深刻に考えてるらしく、これから原発とどう向き合っていくべきか自分達も他人事としてではなく真剣に考えていくべきだという意見が多かったように思います。
ただ無くせば良いという意見だけではなく、ちゃんと危機管理体制がしっかりしているならば未来に向けて活用していく道もあるのではないかという意見などもあったのが印象的でした。
遠い東北で起こっている震災に何か私達ができることはないかなど、全員が前向きに支援を考えていましたが、誰もが直接東北にボランティアに行ける訳ではなく、現地に行けない方々の気持ちも知ることができました。
今回の復興カフェで私達はこういった活動や震災のことをもっとたくさんの人達に伝えることが一番重要だと思いました。
これからもこういった活動を継続して人とのつながりを広げていくべきだと思います。

千葉県 北江 みどりさん
復興カフェを通して感じたこと、思ったこと、知ったこと
・遠のいていくと風化してくる、今日は思い出すことができて良かった
・身内に福島在住者がいるが、なかなか連絡が取れず心配だった
・県内で小さな子供を持つ友人は、放射線量を気にして、外遊びをさせられないでいる
・正しい知識を知り過剰に反応しない
・千葉県内でもちいさな子を持つ親は、避難を考えたり、実際に避難している人もいた
・4月に出産した友人は、喜びと同時にこんな時に生んでしまったことを悔やんでいた
・自分のふるさと(出身先)が言えなくなるようなことが、起こらないようにしなければならない

まとめ
震災の問題点を違う視点でとらえながら正確な情報を人へ伝えていくことが重要だと思いました。
これからはそのような情報を様々な人とシェアしながら復興について考えていきたいです。

長野県 清水かほりさん

富山の福興カフェHOPEシェアリングメンバーである、たぢかさんと話をしました。
たぢかさんは、リボンプロジェクトのために福島まで行ってくれましたので、福島の様子など、貴重な話をうかがうことができました。
たぢかさんの話から、たくさんの勇気をもらいました。
改めて、富山と長野との絆を感じました。
もっともっと、こんなつながりを日本中に広げていこう。虹の橋を架けるように、希望をつないでいこうと思いました。

福興カフェを開催して三ヶ月が経ちますが、毎回、参加者のみなさん来る度に被災地に対する想いを聞くと、
『まだこの長野でやれることはたくさんあるんだ。』と思います。
でも、ここまで私が頑張れるのは、いつも福興カフェの開催を協力してくれるメンバー、そして今回は、富山のみなさん、たぢかさんの協力があり出来ました。
本当にいつも感謝の気持ちをいっぱい感じながらイベントをしています。
これからも、福興カフェを仲間と一緒に力を合わせて開催していきたいと思います。

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2月復興カフェのまとめ

2月復興カフェのまとめ
復興カフェ会場数:45箇所
延べ人数:約400人
テーマ1『もし、身近で自然災害があった場合どうするか?(防災意識を高める)』
テーマ2『前回参加した日から今まで、どんなことを思いながら生活してきたか』等

宮城県(南三陸町) 湯澤 真さん

宮城県南三陸町復興カフェでは全国から集まったボランティアと地元の方合わせて34名の方が参加しました!!

最初にDVDを流したあとに地元の方の震災当時の様子を語って頂きました。
地震があって一度は避難所に逃げて、けどその避難所まで津波がきて、必死に逃げました。その場所にずぶ濡れで傷だらけの父親と会い、喋ったことのない人達と一緒に助けられる人達を助けにいきました。
人は余裕が無くなると自然と助け合うんだなと思いました。

DVDの映像を見ても、地元の方の話を聞いても、
今ある生活からはすごく離れていて、普通にご飯食べたり、お風呂入ったり、当たり前のようにある生活の中、この震災を忘れないようにこういう場を設けることはすごい大事なんだなと思いました。

身近で自然災害があった場合などの防災意識については

・もし災害があったときなにを一番大事にするか?
津波に巻き込まれた人はお金などを取りに帰ったりする人が多くて、
お金も大事かもしれませんが、よく考えると避難することがもっと大事だと思う。
その時考えるのではなく、もしものことを事前に考えるとすぐに動けると思う。

・事前に今住んでいる家や職場からの避難経路を確認しておくことが必要。

・自然災害があった時のために、小さな絆を近くの人と繋がる。
ちょっとでも繋がりがあれば震災があったときにギュッと距離が縮まり
お互いに助けあえると思う。

などのことを意識していけば亡くなる命も少なくなると思います。

もし身近にいる人に挨拶一つすれば、いざという時に深く助けあうことができると思います!!

そして今回参加頂けた方は被災地への意識が再確認でき、また震災への意識が高まったと思いました!!

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宮城県(南三陸町) 篠塚美咲さん
2月11日に開催された復興カフェに参加させていただきました。
そこで、現地の方のお話を聞くことができました。震災をまだまだ身近に
感じることのできなかった関東出身の私にとって、考え深く、とても心
に響きました。その後、グループでお菓子を食べながら話し合いを行いました。
それぞれの震災に対しての意見を言い、いろいろな意見が聞けてとてもいい
経験ができました。もし次自分が震災の被害にあったら・・。私たちの答え
は”自分の身は自分で守る”です。そして今私たちにできることは、この
悲惨な大地震を忘れないこと、地震を他人事と思わず、家族と避難場所を決めて
おくなど、難しいことではないと思います。一人ひとりの気持ちしだいです。
復興カフェはそのひとつの手段だと思います。私自身も、自分で感じたことは
ずっと心に留めて、誰かに伝えていきたいと思います。

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山形県  漆山由美さん

自分では、忘れていないつもりでいたのに、今回みんなとシェアさせてもらうことにより、意識が薄れているのかなぁ…と感じてしまいました。
シェアした中に、ほとんど震災の情報を知らないし、ひとごとと感じている人がいました。その人に教えているうちに、ふつふつと、少し前までの感情が、湧いてきました。
私達は忘れない。そう伝えたいです。

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富山県  宮舟貴子さん

4回目の福興カフェが無事終わりました
日常に戻ると目の前のことにおわれ、TVなどで被災地のことなどを目にはするものの自分の中から流れていってしまいがちです。
しかし、こうして繋がりの中でひとつの場所に集まり、被災地の今を皆で知ること、皆でそのことについて話し共に何かを感じあうことで心に留まる感じがしています。
けっして多い人数とは言えませんが毎回リピーターとして来てくれる方がいて、また、新たに来てくれる方がいて、そこで一緒に震災のことに気持ちを寄せ合うことで、ひとりひとりの心に何かが湧き起こり、心に留まる。
そのひとつひとつが今後の被災地の福興だけでなく、日本の再生への小さな小さな一歩になるのかなって思います。
また、終了後に寄せられた感想に、こう言った活動を3.11後も続けてほしいとの声を頂きました。
復興はスタートしたばかり。そのこで活動する現地の方、ボランティアの方の苦労を思うと継続いして気にかける時間を設け、応援しつづける何かを定期的に行ってゆく必要があると感じています。

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長野県  清水かほりさん

福興カフェ HOPEシェアリングin長野 第4回
は、事務局長である鷲森秀樹さんと、メンバーの横川玲子さん、中西まっぴんさんに日本笑顔プロジェクトの活動を紹介していただき、その上でみんなで話し合いました。
日本笑顔プロジェクトは、小布施町の浄光寺が中心になって、女川町の支援をしている団体です。
中でも、小学校での筆あそび教室は、スライドを見ている私もわくわくしました。
子どもたちがみんな笑顔で、自由な発想で筆を走らせています。
この笑顔は宝です。なんとかしてこれを守っていかないといけません。
そのためにどうすればいいか、福興カフェのような場で話し合っていかないといけないのでしょう。

「被災地から遠く離れた長野からできることなんて何も無いのではないか」
と、言う人がいます。
しかし、現に、ずっと支援活動を続けている団体もあります。

ようやく、「長野市民ができること」の形が見えてきました。
その一つは、身近で行われている支援活動を応援することです。
寄付することだけが応援ではありません。
「がんばれ」って声援を送ること。
「ありがとう」って感謝を伝えること。
それも応援です。子どもからお年寄りまで、誰でもできることです。
これからも、笑顔プロジェクトや鮭Tプロジェクトを応援していきます。

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滋賀県  宮本由佳さん

記憶の中で薄れているものが思い出されてとてもいい機会になりました。11日に月に一度でも考えることはすごく大事なことだと思いました。

京都府  藤田実可子さん

今回、初参加の方を4人お迎えして3月11日の話をしました。みんな信じられないような映像を見て衝撃を受けたみたいです。
そして、「もし自然災害があった場合」をみんなで考えました。
そこで家族などと何か起こった時に集まる場所を決めること、帰ったらすぐにでもしよう!となりました。
必用なものは現金、靴、懐中電灯、水などが挙げられました。でもやっぱりモノよりかは命!逃げる!という気持ちも大事だということにもなりました。実際、準備をしていてもいざ起こった時にどうなるか、持って逃げれるのかも分からない。とても難しい話でした。

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福島県  紺野禎子さん

福島県の2月の復興カフェは、南相馬市で行いました。12月と同じメンバーです。12月の時も、女性は子供を産むのが怖いなどの衝撃的な現状を聞いてきましたが、今回、南相馬市の病院勤務の友人から聞かされた話もまた衝撃的でした。原発の数キロ圏内の病院から受け入れを要請されて到着した救急車の放射線量の高さ。レントゲン技師さんが尻込みするほどだったと言います。そして、それに乗ってきたのが出産間際の女性や生まれたばかりの赤ちゃんとお母さん。産婦人科からの避難だったそうですが、受け入れた友人も自分の安全と大量に放射線を浴びた避難者を助けなければという気持ちの狭間で辛かったと言います。そして、そういう事実は公にはされていない事も・・・。

「復興と言う気持ちにはなれない」「普通の生活に戻りたいだけ」
そんな気持ちは良く分かります。自分の家で、家族と一緒に今まで通りの生活が出来る事が一番の幸せ。家があるのにそれが出来ないのは辛いです。
今、学校も除染が進み、4月には屋外での規制もなるなる予定だそうです。そんな風に、普通の生活に戻す事が一番の目標である今、多くの取材も煩わしいと思っている人が沢山いる事も事実です。東北の沿岸部の広い範囲の被災地。全部が同じ「復興」ではない事。その場その場でみんな違う復興の形があることを改めて感じました。

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茨城県  千葉秋恵さん

茨城県は第二の被災地といわれたように、建物やインフラに被害がでました。そこで、その当時の状況、何を感じたか、また地震が起きた場合の対策について話しあいました。
地震がおきた時の状況: 立っていられない、車が飛び跳ねる、棚のものが全部落ちる、ガラスが割れる。すぐに家族が心配になり連絡をとろうとしたがつながらない。余震が恐いので車に寝泊まりする。電気、ガス、水道が使えない。
その時どのように感じたか: 地震がきた瞬間は恐怖だった。どこに身を隠せば安全なのかが分からなかった。とにかく家族が無事か不安だった。近所の人が水や食料を分けてくれるなど、人の温かさを感じた。
今後の対策: 棚が倒れないように工夫する 電池パック式の携帯充電器を持っておく

内容は以上です。話せば話すほどいろいろな記憶が蘇ってきました。どんなに衝撃的なことでも、時間が経つにつれ、忘れてしまう気持ちや出来事があるのだ感じ、このように定期的に話し合うことの大切さを感じました。また行いたいと思います。

山梨県  織田美恵子さん

 大地震と富士山噴火の場合についてシェアリングを行いました。

 先月も富士北麓を震源地とする震度5の地震がありましたが、自分も含め、避難することもなく「またか」くらいの意識で、防災意識が低いことをどの方も感じたようでした。
 そこで、地震の揺れがおさまったら、指定の避難所へ行ってみよう、という話になりました。それを繰り返せば訓練にもなるし、本当に大地震がおきても、それまで通りに避難できるのではないかということになりました。
 また、避難所に集まった場合に、「○○さんがまだ来ていない」「あのうちは体が不自由な方がいるが大丈夫か」など、地域住民で安否確認や助け合いができるコミュニティ作りも大事だという話になりました。実際、私は隣に住んでいる方の顔も名前も知りません。そんなことでは困る!と危機意識を持ちました。
 最後に、こうして自然災害について話をして意識を高める(維持する)ことの大切さについて確認されました。参加された人数は少ないですが、全員が意識を高められ、そしてまた身近な人へ話すことで他の人の意識も高められると思いました。 

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栃木県  原田菜々子さん

もし身近で自然災害があった場合どうするかというものでしたが、私たちが思った
事は「物」に執着しないということです。震災当時、逃げなきゃいけないのは分か
っていても家や職場などに物を取りに戻ってしまったり車を乗り捨てる事ができな
くて被害にあった方も居ると思います。
でも最優先すべきは自分自身が生き延びる事なのかなぁ、と思いまし
た。
あとは家にいる場合でも自然災害が起こっていざ避難となった時に、あれが必要こ
れも必要となって避難が遅れる事のないよう事前に自分なりの防災セットをまとめ
ておくと良いと思いました。
今回は地元が岩手県だったり親戚の多くが石巻市など宮城県内にいるという方が居
たので3月中に被災地入りした時のお話を聞けたり写真を見せていただいたりと震災
について深く語り合う事ができ、とても有意義な時間をすごせました。
次回3月の復興カフェはもっとたくさんの方とお話ができたらなと思います。

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新潟県  坂井 奈穂子さん

だいたいいつものメンバー(6人)が集まりました。

新潟では年に何度か、各地で地震や水害が起こり、これまでも大きな被害や原発
への 不安を持っている人が多かったので、防災意識というか、身のまわりで災害が
起きた ときにどう判断し、どう行動するかということは家族や仲間で話す機会もある
ようです。

このカフェで集まるメンバーはこれまで震災で助け合ってきた仲間なので、やっぱり
普段からのコミュニケーションと、他地域との連携の大切さを話していました。

広島県  橋本愛さん

普段はあまり話すことのない震災のことを、話し合う時間がもててよかった。だん
だん意識が薄れがちになってしまうが、震災のことを忘れないだけでなく、防災意
識を高めていきたいと思った。

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埼玉県  高橋晶子さん

埼玉県は海が無いため、津波の被害を受けるという想定は難しいものの、大地震の
脅威を想定するだけでも多くの課題があり、今回の震災によって生じた変化を忘れ
ずに、絶えず災害時のことを意識化することがまず大切であるという結論になりま
した。
ボランティアを経て、報道で耳にする「被災地の人々」という言葉が一人一人の顔
に変換され、仕事の上でも生活の上でも「彼らのために何ができるか」を考えるよ
うになったと磯村さん(ヤソップ)。
だからこそ、若い人には積極的に被災地に行ってほしいと言うのは最年長の二宮さ
ん。十年後、二十年後にこの震災のことが忘れ去られないためにも、社会を担う若
い人たちがより関心を持つべきとのこと。
そんな中、ボランティアに行っただけで満足してしまうのはいけないと問題提起し
た伊東さん。仲が良いのはもちろん良いことだけど、それが「馴れ合い」になって
は意味がない。被災地や被災者の方あってのボランティアなんだということ常に念
頭に置いて行動しなければと警告してくれました。
東日本大震災からもうすぐ一年。
埼玉の四人とも、自分にできることを精一杯やっていこうという気持ちを新たに頑
張ります!

東京都  木戸冬彦さん  

議題1:福島の再建のために自分たちができること
・福島産でも食品以外の製品であれば購入者も抵抗がないのでは
・住民の方へ手芸等の内職を委託する
・工場を誘致、規模によっては万単位の雇用が見込める
・個人だけではなく企業や各団体(会社、NPO、自治会、UE etc)レベルとして働きかけるべき
・「福島モデル」というブランドを確立できる
・個人でできることとしては 観光や商品の購入等で福島の収入を増やすこと
・I love you & I need you ふくしまを歌い、You Tubeにアップ
・他県民としては福島から他地域へ移動してもらうことが一番と考えてしまう。
・原発廃棄物の行先も危惧

議題2:岩手・宮城の再建のために自分たちができること
・働く意欲を取り戻してもらいたい。漁業に復帰している人も多くない
・人材育成に力を入れ元の活気を戻したい
・東北内でも津波の被害を受けた地域とそれ以外の地域では温度差があり、意識が一致していないことが心配
・ボランティア参加経験者として現地の感想を周囲に広める
・観光でもいいから被災地へとにかく行く。
・個人商店の紹介 購入して周囲に広める、関東のイベント等で紹介する、ネット上で紹介等

徳島県  佐々木勝善さん

結局私含めて5人ほどのカフェになりましたが、一番嬉しかったことは、吉野川市からお一人始めて参加を頂いたことです。
その女性は、年末年始3週間も、南三陸町にボランティアに行かれていたとか、レインボーフラッグのDVD等観ながら現地の様子をお話頂きました。少人数でしたが、もし!地震がきたら!と色々話あいをしました。徳島県は周りが半分は海なので、もし津波がと思うと背筋が凍る思いです。

千葉県  北江 みどりさん
テーマ1:もし、身近で自然災害があった場合はどうするか

・災害によって、予測できるものとできないものがある
・心構えが大切
・避難所をおさえる、出先でも表示を意識していく
・避難場所、避難所は種類がある。避難した場所によっては、援助が得られにくい所もある。
・都心の場合は落下物の心配がある。地下街は柱がしっかりしていて、倒壊の心配はないと言われている。地下の方が揺れは少ない。地下鉄の復旧は早かった →下に逃げるという発想はなかった。
・職場の防災意識が高く、震災前より2週間分の食料と飲料の備蓄、各クラスに予報機設置。職員も近隣者を採用していた。
・生き延びることが大切→「生きてほしい」という話を聞いた。
・先人の教えが現代の私たちに届いていないのではないか。歴史を学ぶことが大切ではないか。東海地震も言われている。以前の災害を振り返る必要がある。

テーマ2:活動報告・感じたこと
・5月 町内避難所支援:他の地域へ避難していたため、要望をきいたり行政とのパイプ役になっていた。町民同市では話せないことを聴いていく。別の誰か(外部)がきき役なる。かえって身近にいる人にいいにくいこともある。
・ボランティアへ行って主観的に今後を考えられた。
・だんだんニーズも変わってきていることを感じられた。
・ボランティアは縁の下の力持ち、地元の方々サポート役。
・他の団体同士のつながりがもてたらよかった。
・忘れないでほしいという思いがあることが分かった。今後も出向いていくこと(ボランティア・観光など)がメッセージになり、復興の経過を感じることもできる。
・地元の紹介や現状を伝えていく→現地から離れてもできるボランティア

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愛媛県  飯田衣美さん

今回はレインボーフラッグで地元で協力してくれた仲間と集まりました。(6名)

もし身近で自然災害が起こったらどうするか?という問いかけに、皆がいろんな考え
を持っていました。

四国(愛媛)は南海地震の危険も危惧されていて、私たちの住む地域は海岸線にあ
り、
直線距離にして12~13キロ圏内に伊方原発があります。地震も津波も原発も考えてい
かなければいけない問題です。
日頃からの防災訓練、非常持ち出しや備品のチェック…皆の防災意識は高いように思
えました。
しかし、一同にいざその時が来たら、冷静に行動を起こせるだろうか?…という気持
ちはぬぐえませんでした。
でも、例え災害が起こっても日頃から家族でも話題にし地域でのつながりを大切にし
て、
助け合いたいという気持ちを強く感じました。

1・2月のDVDを見て福島の事も再び思いをはせました。
あわせて、先日年末に福島の高線量地域の保育所にみかんなどを支援していたのです

お礼の手紙と子供たちの笑顔の写真が届き胸がいっぱいになりました。
福島での12月の絆レインボーフラッグの活動、ベラルーシの現状…
被災地・非被災地関係なく、子供たちへ引き継ぐ未来…
皆が考えていかなければいけない問題だと思います。

もうすぐ震災から1年が経とうとしています。
参加者や友人など、被災地はもう落ち着いてきている印象を持っている人もいます。
確かに復興も進んだ地域も多いかと思いますが、
これからも「忘れてないよ」の気持ちを何かの形で持ち続け、広めていきたいです。
そのためにも、現地からの声ももっと聴く機会が持てたらと思いました。
そして、出来る事を、出来る形で繋げていきたいです。

熊本県  大石紗千さん

 報道の在り方、これからの支援の在り方

 昨年夏頃から被災地について報道で取り扱われる量が減った。それは、仮設住宅の建設が進み、避難所生活を送る被災者の方が減少した時期といえると思う。それは同時に、物資面などの緊急性の高い支援が必要であった時期から、失われた地方自治体機能の回復など長期的政治的支援への過渡期でもあった。
それまでは、テレビ・ネットでも毎日のようにトップニュースで報道され、国民は受動的な情報収集においても被災地の現状を知ることができたが、報道の量が減ってからは自ら能動的に情報を集めようとしなければならず現状を知る機会は減ってしまったように感じる。
 また、年末年始に再度報道が増えた。震災からの復興の経過を取り上げるものが多く、「がんばろう」「希望」など、前向きなことばを前面に出した内容のものが多かった印象を受けた。確かに復興の進みつつある部分もある。しかしまだ一年も経たないのだ。家族を亡くされた方、家・財産を失った方の精神的な回復はまだまだなされていないだろう。時間をかければ回復するというものでもないだろう。報道では、前向きな一面が取り上げられる。それは社会的な影響力を考えると当然のことである。ただ、それを見る私たち国民はその裏にある被災者の方の悲しみに思いを寄せなければならない。震災により、家族や地域コミュニティーを失った中で、その悲しみをどこにぶつけることができるのか。どのように受け止めることができるのか。これからの支援は、このような問題も考えて行っていかなければならない。
いつも忘れてはいませんが、震災について改めて考える機会となりました。ありがとうございました。

アメリカ  阿野陽子さん

 今回の復興カフェは、ちょうど日本から娘さんを訪ねて来られた元教師をされていた方、その人の娘さん2人、日本語学校の先生、幼稚園の園長さんと 教育関係の方が多かった復興カフェでした。 
その日は、復興カフェの前、午後からてんつくマンの映画2本、ミニ上映会もした後だったので、どうしたら、なにが、一人一人できるかという話になりました。 その後、1月の復興カフェに間に合わなかった12月、1月のDVDを見て、自分達が送ったレインボーフラッグが 南三陸町で掲げられているのを見て、感激しました。 参加者の中には、レインボーフラッグのことを知らなかった方もいたので、どうやってこのプロジェクトが始まったかということなども話したりしました。 原発のことも、いくら話しても どうしたらいいのかわからないというのが、正直なところですが、一人一人が何が起こっているのか、知ることが大切だという意見がでました。

3月復興カフェのまとめ

3月復興カフェのまとめ
復興カフェ会場数:77箇所
延べ人数:約700人
テーマ1『震災から1年間を振り返りどのように思ったか』
テーマ2『被災地や地元で今後私たちに出来ること』等

青森県  片桐雪乃さん

個人単位では小さなことしかやれないのですが、それをこれからもより多くの人に広めていきたいと思いました。もっと多くの人にこういった活動を広めていき、それがまた新しい活動につながっていけば本望です。私たちの周囲では実感を伴わない人が多いようで、そういった方々にも少しずつ広めていきたいと思いました。

微力ながら自分にできることであれば、メッセージを書いたりだとか、押し付けじゃない程度に呼びかけしたりと今後頑張りたいと思いました!
また、青森県単位として、震災復興意識をもっと高められないかなと感じました。

福島県  紺野禎子さん

11日はそっとしておいて欲しい。そう言っていた南相馬市。
過去3回開催しましたが、毎回「復興」と言う言葉を使えるようになるにはまだまだ時間がかかると感じていました。
そして今回も・・・

1年が過ぎ、復興へ向かう地域。これから頑張ろうとしている地域。そして、南相馬市はスタートラインすら見えていない地域です。この差はどんどん大きくなる一方です。
毎回、誰に聞いても同じ気持ち、同じ意見。
「復興じゃないんだ」と・・・。
政府は本当の事を言っていない。誰を信じたらいいのか、何を信じたらいいのか。
福島と言うだけで特別な目で見られ、嫌な思いをさせられる。
子供たちがいじめられる・・・
自分で自分の生活を家族だけを守れればいい。そう思ってしまっても仕方ない・・・。
でも、いつまでも今のままではいけない。
どうにかしなければ・・・
何かが変わるきっかけが一日も早く見つかって少しでも力になれたらと思います。

埼玉県  市川航太さん

今いろんな人がいろんな場所で戦っています。それを偽善者だとか、いい事やってるとか言う人もいます。せめて自分のまわりだけでも震災に対する想いがあるとか、なにか行動している人を応援できる人がたくさんいてほしいです。

被災地はいま動き出しています。前に前にすこしずつ動いています。かわいそうって思うのではなく、そこに協力できる方が一人でも多くいてほしいです。なかなか現地に行くのは難しいし勇気のいることです。しかし大学の単位が得られるでも、就活の役にたつでもいいので一回行っていただけたらと思います。募金をするでも情報を集めるだけでも被災地のためになります。
今回のような会を設けさせていただいて感謝しています。来ていただいた方や、少しでも興味を持っていただいた方にも。
これを機になにか動くきっかけができたり、その方の考え方が変わっていけばいい役目ができたと思います。なにより忘れないで欲しいです。これからまだまだ勉強して、先頭に立って行動していければと思いました。いろんな方に感謝する一日でした。
ありがとうございました。

静岡県  増田 知佳さん

①実際現地に行ってみて感じたこと
連日ニュースで報じられているので、震災直後に比べると、ニュースが流れていることがどこか当たり前のようになり、いつの間にか他人事のように感じていた部分があった。
東北のことについて考える時間は圧倒的に増えたし、何かしなければと前以上に強く思うようになった。
また、家族や友達、身近な人達に自分達が見たこと、感じたことを伝えて、自分達と出来るだけ同じくらい、身近なこととして感じてもらいたいと強く感じた。

②被災地や地元で今後私たちに出来ること
上でも述べたように、自分達の感じたことを一人でも多くの人に伝える!また、今後活動していくにあたり、個人でできることには限りがあるので、自分の大学や、地元浜松の他大学の人達ともコンタクトをとり、できるだけいろんな人達と力を合わせていきたい。

さらに、地元静岡県ではずっと前から東海大地震の危険があると言われている。地震に対する危機感が少ないように感じる。これでは、東海大地震が起きてもまた甚大な被害を起こしてしまう可能性がかなり高いだろう。
東北の方達が今せっかく上を向いて進んでいっている中、同じような被害を起こしてしまうことだけはしたくない。
そのために、東海大地震に備えていく活動もこれからしていきたい。具体的には、東海大地震が起きた場合の避難経路を考えたりなどをやっていく予定。

鳥取県  小泉 めぐみさん

家族で復興カフェをしました。
父と母、そして1番伝えたい娘。家族で改めて震災の大変さ、被災者へ自分達が何が出来て、震災から何を学んだのかを話しました。
始め黙って聞いていた父が、復興を自分なりに支えたいなら、今後何年もかかる復興に持続して携わる事が大切だと言いました。
あんなに反対していた父が、これからも続ける事が大切だと言ってくれた事が私なりの復興カフェになりました。
今後はもっと沢山の人と語り合える復興カフェにしていきたいです。

広島県  旭 健伸さん

広島では今回の震災の被害はあまりなく、関東地方で暮らしている方以上に広島で暮らしている人達の震災に対する意識が希薄、風化しているのは、個人的な認識としてあると思っています。僕が南三陸町に行く前もそんな気持ちでした、ニュースで流れている被災地は同じ日本でありながら、なにかバーチャルな世界のように思え、ニュースで見る被災地を現実感がなく見て過ごしていました。やはり被災地に行ったことのない他3名の方も、同じような気持ちだという話をされました。阪神大震災はまだ身近で、広島も揺れたため現実感があったが、今回の震災ではあまり現実感がないということでした。被災地の方にはとても心苦しい言い方だと思いますが、それが広島以西の大多数の住民の本音、現状だと思います。

広島では原爆の話をよく見聞きします。その中で原爆の事を後世に伝えないといけないとは思っていたが、思い出したくないという思いで人に話すことができなかった、が被爆から数十年たち、やっと子どもや孫に話ができたという事を聞くことがあります。今、南三陸でも同じように苦しまれている方はいると思います。

鹿児島県  坂元 美風さん

こんにちは、鹿児島県の復興カフェリーダーの坂元です。
今回の復興カフェは、多くの皆様からのご支援を賜り、15名で開催することができました。

1年前のあの日、失われたものはあまりに大きく、遠く離れた地に暮らすものとして、何ができるかという問いと向き合い続けてきたこと。
しかし、その問いに正解はなく、私たちは自分たちにできることをその時々で考え、被災地のニーズにこたえていかなければいけないということ。
それぞれの目線で語りあえたと思います。

また、復興には人や物が動き続けることが大事なのだと。
私たちもボランティアや支援物資等で、これからも長期的支援をしていこうと語りあいました。
自分たちがすべきことを、自分たちにできるかたちで。
鹿児島でできることを地道に続けていきます。

復興にはまだまだ時間はかかると思いますが、被災地の方々の安らぎの時間が増えていくこと、たくさんの笑顔が戻ることを心から願っています。

宮城県 井上 尚人さん
3月11日は学生たちが東北の将来について考え、語り、次のアクションへつなげていくという企画「さくらゼミナール」を開催しました。
「さくらゼミナール」とは「この企画の以後、なんらかの形で若者が復興に携わっていく礎を築く」「学生同士、学生と活動団体のネットワークを構築する」という2つの趣旨を掲げ立ち上げたものです。

私は地元学生だけの話し合いにしたくなかったので、さまざまな方面へ呼びかけを行い、当日は関西から約30名、広島から約20名、宇都宮から2名、仙台から約10名、東京(Skype中継)で16名の総勢80名弱で活動しました。
具体的には午前中にアイスブレイクやワールドカフェ「東北の10年後を考える」を行い、午後に活動団体へのヒアリングを行い、次のアクションをまとめて共有するという形で行いました。

「次へのアクション」を重視して望んだこのイベントですが、参加者の声を聞く限り自分のやりたいこと、またやれることを見つけることができたようでよかったです。
今回のイベントでは関西、広島といったとても遠いところからわざわざ宮城のために駆けつけてくれた同年代の方からとても大きな刺激をもらいました。

本当に感謝感謝です。

それと同時に、「もっと地元にいる学生がんばんなきゃ!」と思わされました。 正直情けなかったです。
みなさんそれぞれの3月11日を過ごされたかと思いますが、この日は「1年目の終わり」「何かの区切り」という捉え方もできると思いますが私は「2年目のキックオフ」だと思います。
仙台の街中は地震があったことが嘘のように復旧しましたが、そこから10数km沿岸に行けばいまだに瓦礫撤去、被災民家の泥だしが行われています。
このブログをご覧になっているみなさま、できる範囲でいいので力を貸していただきたいです。

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長野県 清水 かほりさん

今回の福興カフェはfinalということで、『これからどうするか?』というタイトルで参加者の皆さんと話し合いをしました。
その中で『福興カフェをこれで終わりにするのは勿体ない!!』という意見が出ました。震災から一年が経ち、報道の感心もこれから薄れていく。そうすると、被災地の情報も少なくなり、人々の心も震災についての関心も失われていくのではないか?でも、それでは被災者の方々が恐れている『震災を忘れないで欲しい』という思いも、今まで各都道府県で開催されていた、この福興カフェも何のために続けていたのかわからなくなってしまう。時間や開催日を考えて続けて欲しい。などという意見が出ました。
正直、今そのことでどうするべきか悩んでいます。この件は、これから仲間と相談していこうと思います。

福興カフェ5ヶ月の開催を通して、私は色々な事を学ばせて頂きました。
『自分にできることをする』その漠然とした目標は私の中に最初からあったのですが、『実際、何をすればいいのか?』と考えると答えを見つけることが出来ずにいました。ですが参加者の皆さんの中の意見で、「身一つでも、被災地へ行き、自分の仕事柄出来ることを活かし、何らかの形で被災者の方々の力になりたい。」という意見や「被災者の方々に笑顔になって欲しいのなら、私が笑顔にならなくてはいけない。」という意見に私は強く心を打たれました。
 そして、福興カフェ開催にあたり、仲間には本当に心から感謝しています。私が、悩みを一人で抱え込んでいると、「大丈夫だよ。」と言ってくれたり、何度もくじけそうになる私を支えてくれたのは仲間でした。
一人では限りのある事があるかもしれません。でも、支え合い協力すれば出来る事がたくさんあることを改めて学びました。 
これからも、良く考え行動し、自分に出来ることをしていきたいと思います。
この福興カフェで学んだ事は忘れずに大切にしたいです。

被災地に、一日も早い暖かい春が来る事を願っています。
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愛知県 蛭田 有美さん

3月11日、愛知県民にとっては特別な日ではありません。ただちょっと揺れた日。震災の被害もほとんどなく、関心が向けられることもあまりなかったと思います。そんな地域でリーダーをさせて頂きました。15人も集まってくれました。「愛知=無関心」とひとくくりに考えていたけれど、わたしの周りにも震災を忘れていない人達はちゃんといることに気付けました。
話し合いでは、ボランティアに行った側、行ってない側の意見を聞けました。震災から1年経って感じたことは様々ですが、何かを「感じた」こと自体が震災を忘れていない証です。そんな人たちと真剣に語り合える、とても貴重な時間でした。

ただ、集まってくれたのは「力になりたい!」という思いを抱いている人たちなので、「震災を忘れないため・風化させないため」という復興カフェの目的は物足りなかったのかなという印象も受けました。震災を風化させないために大切なのは、震災に対して無関心な人たちにいかに考える「きっかけ」を与えるかだと考えます。きっとこれから報道も減り、TVを通して情報を得ることが少なくなっていくと思います。わたしは愛知県中の人たちと意見をシェアできる媒体として「復興カフェ」をアピールしていこうと思っていました。1年を区切りに復興カフェが終わってしまうのはとても残念です。今自分の力でできることを精一杯考え、これからは自分から何かアクションを起こしていきたいと思います。

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熊本県 大石紗千さん

復興とはなんだろう
そのために私たちができることはなんだろう
3月の熊本復興カフェでは、このことについて、私達なりの考えを話しました。
今回の大震災に対して、日本は今まで経験したことのない国家運営が求められています。どんな政策や活動も被災された方の思いに寄り添った支援であってほしいと思います。そのために今私たちができることとは、被災地を見て、被災された方のお話を聞き、それを人に伝えて、思いを寄せることから始まり、それを続けていくことだと思います。

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山形県 漆山由美さん

今回は、カフェを借りての開催でした。
人数も、今までで一番多い14人位でのシェアだったのですが、知らない情報を聞けたこと、いろんな目線からの思いを聞けたこと、良かったです。
反面、多すぎて発言力が薄れてしまったような気がするのは残念でしたが…
これから、必要なこと。
阪神大震災の時も、震災後3年くらいに自殺者が増えたという情報があったので、今からも、心のケアが必要
寄り添って、表面では元気そうだからと言って安心せず、いつも寄り添える社会を作らなくてはいけない。
自分たちに出来ることは、出来る人がやればいい。
被災地に行った人が偉くて、いかない人は何も出来てない訳じゃない。
やはり、忘れない。
そして、あの震災はもう起きてしまったことだから、それじたいは受け止めるというか、事実として、この震災があったからこそといえるような、日本にしていかなければ
長かったようで…
あっという間だったようで…

この日本において、震災が無関係だった人など一人もいない。
だから、それぞれの人が、今あるものや出来事に感謝し、それぞれに震災をきっかけに、気付いていければいいですぬ。

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石川県 西澤 彩さん

今回の復興カフェで、皆さんの行動力に私自身学ばされました。現地にまだ行けてなくても、何かしたくてもどかしく思っていたり、やはりみんな何かしらこの1年、震災に対する思いを抱いていたことを知りました。

福興市など現地で観光としてお買い物するのも一つの支援だとお話すると、これなら私にもできるかもしれない!とおっしゃってくださった方がいました。
シェアリングではボランティアについての問題点も挙げられました。サポートををどこまでやればいいのか、いつ収束していくべきなのか、ボランティアの立ち位置を常に考えなければならないのかもしれません。
また、ボランティア団体の連携も問われました。一つの街にいくつものボランティア団体がいる場合、それぞれが活動してしまっていないのか。他の地域ではどうなっているのか、私も知りたいと思いました。

3月をもって金沢を離れるのでここで開催することはできませんが、新天地の京都でまた、開催したいと思っております。
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滋賀県 宮本 由佳さん

テーマ1:震災から1年間を振り返りどのように思ったか
地震のことを考えなかったら1年はあっとゆう間。だけどこの一年は長かった。特集をみてるとまだ一年しかたっていないんや…と感じる。
あまり意識をしていなかったことに気づいた。なんでもっと知ろうとしなかったのかと思う。チャリティー等が生まれては消えていた。
震災を経て覚醒した人が多かった。

テーマ2:被災地や地元で今後私たちに出来ること
ボランティアにいくこと。
忘れないで意識をすること。
お金を使うこと。
放射能の魚を消費すること。
もっとちゃんと知ること。
東北ってきいただけで毛嫌いしてないか?
なにが正しいことなのかもっと知ろうとしなくてはならない。
そしてこれから子供たちに私たちが伝えていくことが必要。

感想
3月11日にこのように考えるきっかけになってよかった。
出来ることはやっぱり忘れないでいることだから震災のことを考える日となってよかった。
改めて一年前のことを思い出せた。
言葉にして自分の一年前に感じてたことを改めてもう一度感じられた。
ちゃんと考えられてよかった。

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富山県 宮舟貴子さん
富山では、立山町の地域おこし協力隊の方の協力を得て、田園コンサート&福興カフェとの共同開催で行い約130名の方が集まりました。

東日本大震災の前にNZ地震があったのを覚えていますでしょうか?
そこで富山県の専門学校の留学していた学生がたくさん亡くなりました。
その一人が従妹だと言う方にお話を頂いたのです。
彼女は勇気をもって涙ながらに「忘れないでほしい」と会場の方々に訴えました。きっと東北の被災地の方々も同じ気持ちなのではないかと思います。悲しみをいっぱい抱え、ようやく前進し始めている。でも、心の内は涙でいっぱい。そのことを私たちは忘れてはならないし、受け継いでいかなければと思いました。

チャリティーコンサートでは、富山のインディーズのアーティストnoricoさんとその子供さんが出演。会場にはたくさんの子どもたちが集まり、応援幕に可愛い絵を描いてくれたり、ステージでは会場が一体となって歌い、踊りました。子どもたちの無邪気な笑顔に光を感じました。そして、その姿に大人たちも笑顔に。辛いことを忘れずにいる。そして受け継ぐ。悲しみを感じることは悪いことではないと思います。
福興カフェはいったん終了しましたが、思い返したり、気に掛ける時間を持ち続ける必要があると思います。毎月とはいきませんが、私たちのペースで形を変えて何か出来たらと今は考えています。

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こんばんは!!

本日は、北海道・埼玉県・大阪府・和歌山県・福岡県をアップいたしました!!

北海道 池村麻美さん

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※写真のみ

埼玉県 鈴木 直子さん

今回は震災後1年という節目の日で、少人数で静かに語り合いました。今日という日は、特別な日なのだと思います。
UEでボランティアを経験した参加者は、そのときの出来事などを思い起こしながら被災地について話し合いました。現地に出向いた以上、自分のまわりに伝えていくべきで、そのことで今必要なものや支援が見えてきて、それが「被災地を忘れない」ことであり、「ずっと応援し続ける、共に歩む」ということなのではないかと考えました。
「もっと東北のことを知りたい。まずは時間を見つけて出向いてみよう」という前向きな意見もあり、とても身近な“今後私たちにできること”だなと感じました。
「活動中にいろんな人と話をして、いろんなアドバイスをもらったので、今こんな風に話し合うことができて、みんなの意見を聞きたいと思うようになった」という意見もありました。これから出向くボランティアさんで、何かを得たと思える人が増えることも、重要な支援の1つではないかと思います。
これからも東北に出向いたり周りに伝えていったりしながら、被災地の“今”を追い続けていこうと思います。

大阪府 坂本 宗八郎さん

Ⅰ.宮城県南三陸町でのボランティア活動を振り返って
Ⅱ.現役消防士が伝える防災対策

-以下、講師の池田さんよりお話いただいた内容です-
「あの日を忘れない」
今も被災者の生活は続いている、ボランティアも必要。
風化させてはいけない。とても大切なこと。

仙台市のホームページには、震災1ヶ月前にも津波が来る地震が
数年以内にあると書いていた事実。
それなのに
「なぜ、津波警報が出ても逃げない人がいたのか?」
「過去に津波被害があるのに逃げないのか?」
みんなで考える時間をつくりました。

関西では同じような震災による津波の被害は想定されないのか。
東海・東南海地震の発生確率を知ってもらい、大阪の津波被害が予想される範囲を知る。

大切な事は、今回の震災の教訓を生かすこと、後世につなげること。
四六時中常に地震を意識して生活することは難しいけれど、何かあった時にスイッチを
入れられるよう知識を蓄えておくこと。
自分の親や子供を守る為にも防災意識を高め、自分の問題であることを認識することが大切。

最後にこの1年を振り返り参加者同士のシェアリングを行いました。
それぞれの立場でできることが必ずあると信じています。
気持ちを共有できる時間をもつことができて良かったです。ありがとうございました。
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和歌山県 鍵本英隆さん

復興カフェIN和歌山県日高町 リーダーのヌッシーです。

参加されたご近所さん達の感想を少しお話します。
まず始めにUEから送って頂いたDVDを見ていただき、「新聞やテレビで見るよりも被災地で頑張られているたくましい元気一杯の子供たちの姿、言葉が凄く身近に感じることが出来ました」と話してくれました。
また、心の底からの「ありがとう!」が強く伝わりましたと話してくれました。
絆レインボーフラッグの映像についても、「最初虹色を見たときは何だろうって思ったけど、これは本当に良いことですね」と言う言葉も頂き、僕も本当に嬉しかったです。
僕は復興カフェを進めて行く中で現地で感じた色んなことが思いかえってきて、また参加して下さった方が真剣に僕の下手な言葉を聞いて下さってる姿をみて涙が止まらなくなってしまいました。UEメンバーの仲間にその場を助けていただきました。本当にありがとうございました。

僕の住む町は田舎で、近所付き合いなど地域の交流が強く、これからも僕が南三陸町で見たこと、感じたこと、起こっていること、復興が進んでいること、南三陸町が元気で力強く動き始めていること、みんな温かいことなどを伝えていきたいと思いました!

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福岡県 齋藤 宏章さん

 自分のボランティア体験を語り学生に意見を聞く簡素なものであったが、それぞれの思いを少し分かった気がする。
取り分け福岡、九州の学生には今回の震災は東日本に住んでいる学生よりも身近なものとして感じにくいというのは実感としてあるような気がする。
3.11を忘れることなく、自分に出来ることを実践するという決意を新たにした。

秋田県 佐藤 昌子さん

東日本大震災から1年目を迎えた3月11日(日)に遊学舎で復興カフェを行いました。
参加してくださったのは、岩手県大槌町で支援をしているボランティア団体や秋田うつくしま県人会、
遊学舎を利用してくださっている方々など15名です。
ボランティア活動の体験談や「災害を風化させないためには人間関係がつながっていることが必要」
「風評被害が起こるのは自分の目で確認しないからであって、正しい情報を正しく知る必要がある」
などそれぞれの思いを語り合いました。地震発生時の午後2時46分には全員で黙とうを捧げました。

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東京都 秋本 雅衣子さん

震災から一年が経った3月11日。高校生を中心とした復興カフェを開きました。
同級生4人と社会人の方2人に参加していただき、震災から一年経って思ったこと、今の私たちにできること、の2つのテーマについてシェアリングしました。
あらためて復興カフェという場で震災について意見を言い合い、相手の意見を聞く中で、正直自分たちの中で震災というできごとが薄れていってしまっていたことに気付き涙する同級生がいました。
震災のことをずっと忘れてはいけない。ということを、再確認した上で、では私たちに今できることってなんだろうと話し合ってみました。
その結果、これから大学へと進み関わる人も増える私たちは、まわりの人たちに「3.11を忘れないでください」と伝える。一緒に震災について考える。そして、毎日の1つ1つの幸せに感謝しながら生きる。という意見にまとまりました。
今回の復興カフェで、今まで震災について語り合うことがあまりなかった私たちが、真剣に自分たちの意見を共有し合い、考えることができました。
学生というパワーと時間を使って、これからも自分にできることを考え、行動していこう。と思えたきっかけとなる復興カフェでした。

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神奈川県 持田 綾美さん

通っているヨガスタジオで、6名(+お子さん2名)にてクラスの後に復興カフェを行い、現地や被災地で私たちが出来ることについてメインでお話をしました。

こちら神奈川県では、余震も減り、今は普段の生活に戻っていますが、こうやってカフェを開催してお話を聞いてみると、皆さん個々に活動をしていたり、これから何ができるのか真剣に考えている人が多いことを知りました。

既に、チャリティヨガクラスを開催して50人集めて募金を募ったり、フリーマーケットをして得たお金を募金したり、活動をされている方たちもいました。
地元では、チャリティなどで募金を集めることができます。
現地については、東北に訪れようとちょうど考えている方がいらっしゃいました。介護など必要とされていて自分にできるボランティアをしようかと考えているようでした。今回の会を機に、実際に東北へ訪れてみようと思ってくれた方もいました。

一点、課題として、何かしたい!という気持ちを皆、強く持っているのですが、例えば、集めた基金をどこに送ると、ちゃんと被災者のために使ってもらえるのかがわからない・・・などの情報が曖昧な部分があるという話があがりました。

写真のメッセージ、「できることから始めよう from 神奈川 秋谷ヨガハウス」は、今日、私たちが話し合った内容のまとめです。

私自身は、こういう機会をもったりして、現地の様子をまずは、伝えることから始めてみようと思いました。何かしたいという気持ちを持っている人は、たくさんいるようです。まずは、できることから、始めていきたいと思います。
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京都府 藤田実可子さん

 今回集まった中にはボランティアに行った人・毎月支援金を送っている人・何も行動できなかった人がいました。何かしたい、そう思っててもなかなか行動に移すことができない人は多いと思います。もし、そんな人がみんな動いたらもっとできることがあるんじゃないか?そんな話になりました。そして、京都ではガレキの受け入れについてを皆で話し合いました。考え方はみんな違いますし、ネット上でもいろんな意見があります。実際これからどうなるのか、とても難しい問題だと思いました。
今回集まった中の7人が学生であり、今私たちができることを考えたとき、やはり学生だからできることがあるのではないかとなりました。これからしっかり考え、実践できればと思っています!私たち京都の学生から何かアクションを起こしたいと思いました。
このような福興カフェに参加できたからにはこの震災を忘れず、多くの人に伝えていきたいと思います。

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福岡県 大庭 典子さん

 復興カフェのリーダーをさせていただいたのですが,私の力不足により人を集められなかったので,家族3人と友人1人と復興カフェを行いました。復興カフェで東日本大震災について改めて真剣に考えるいい機会になったと思います。高校1年の弟は,今回の復興カフェまではあまり震災について深く考えたことはなかったようでしたが,復興カフェを機に,いままで東日本大震災を人ごとのようにしか考えていなかったことの反省と被災地のために自分に何ができるのか一生懸命考えている姿が印象的でした。
九州という遠い土地ではありますが,復興カフェの参加を募った際には,遠いから意識しないと震災のことをわすれがちだけどもっと考えて被災地のため何かにしたい,という人が何人もいました。同じ日本人として,距離など関係なく,大震災のこと,復興はまだ途中なのだということを覚えていなくてはいけないなと思いました。

宮城県(南三陸町) 森田 明大さん

3月11日の震災から1年が経ちその日を被災地である南三陸町で迎えました。

自分は関西にいてあの震災についてはテレビでしか見ておらず、被災地の「今」を昔の自分は知りませんでした。
「今、東北はどうなっているんだろう。あそこにいる人たちはどうしているんだろう。」と思う日々が続き、そこで自分は被災地の現状が知りたくてこの南三陸町に来ました。
南三陸町のボランティアでは保育所に行ったり仮設所のイベントに参加したりと様々な活動に参加させていただきました。
どこに行っても子供たちは笑い、大人の方達も笑っていました。
活動をしている時には多くの人たちから「ありがとう」を言っていただきました。
自分たちボランティアは、住む所を住民の方のご厚意でお貸しいただいたり、住民の方のご協力があるからこそ毎日の活動に励むことができます。

今回の復興カフェで様々な考えを持っている人と話すうちに、南三陸町に来る前よりも自分の考えをしっかり持つことができているのに気づくことができました。
それはここで得た経験であったりたくさんの人たちの出逢いがあったからだと感じています。
自分は被災地での経験を多くの人に伝えていこうと思っています。

復興カフェは別に11日にやるものだけではないと思います。
友達と喋っているときに被災地での出来事をその友達に話し、真剣に東北のことについて思いを伝え合えばそれはある意味、復興カフェなのかもしれません。」

自分はこの南三陸町のことを多の人に伝えようと思います。
子供たちの笑顔、保育所の先生たちの優しさ、共にボランティア団体として活動している地元の人達、ワカメについて多くのことを教えてくれる漁師さん、毎日一緒に活動しているボランティア仲間。
そして自分たちを暖かく迎えてくれている南三陸町の人達。

その全ての人たちの笑顔と優しさを自分は絶対に忘れません。

復興カフェの後に書いたメッセージはこう書きました
「たくさんの笑顔とありがとう」
これは自分を支えてくれている全ての人に対して感謝の意を込めて書きました。

これからも今の気持ちを忘れず、東北に関わりながら頑張っていこうと思います。

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宮城県(南三陸町) 小澤 あい子さん

こんにちは。レインボーフラッグに携わっていた小澤(あいちー)です。
2月の復興カフェに一度参加しているので、今回で2回目の参加になります。
ここ宮城県南三陸町で開催された日は3月11日。
今まで通りの日常を過ごした方や現地で活動している私達ボランティア、
そして地元の方にとっては特に、震災について様々な思いで迎える日だと思います。

この日はNHKの震災追悼式典に合わせて行い、
震災発生時刻の15時46分、私達も1分間の黙祷を捧げました。

その後のシェアリングで私の班は人数が少なく、
一人当たりの時間に余裕があると思っていましたが、
一人一人の想いを順番に聞いていくと、あっという間に感じます。

南三陸町で生活し、町の人との信頼関係が出来ているからこそ気付いた事、
UEメンバーとの共同生活や普段の活動を通して考えた事
また、これまでに関わった町の人や子ども達が、
この日を迎えた時の気持ちを考えると、言葉に出来ない部分もありましたが、
それぞれ個人で持っていた今後の復興へ向けての思いも共有出来ました。

私が現地で過ごしていた期間は数週間で、見たものや感じた気持ちはほんの一部かもしれません。
それでも、南三陸町に住む人達の前へ進もうとしているたくましさを感じました。
町に信号は最近出来たばかりです。まだ瓦礫も残っています。
復興まで長い時間はかかりますが、現地の状況を見てこの町の人達と関わったことで
震災のことを忘れない、忘れてはいけないと再確認しています。

そして最後に全員で被災地に対する応援メッセージを書きました。
みんなの書いたメッセージを見てみると、
「ありがとう」「笑顔」「忘れない」という言葉がたくさんありました。
それは、南三陸町の人達の温かさ、壊滅的と言われている状態から、
もう一度立ち上がろうとする強さに触れたからこそ出た言葉だと思うのです。
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私たちは“絆”を大切にし、全国から応援しています!!

群馬県 羽田野裕梨さん

この一年間を通して、
東北の方々の温かさ、強さ、優しさに、たくさん触れさせて頂きました。
悲しみに近づき理解することには到底及ばないけれど、
出来ることを探し続けること、行動し続けることを改めて皆で話し合いました。
雪がとけ、東北を、全国を、春が駆け上がって行くことを心から祈っております。

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東京都 飯田 麻子さん

東京の青山某所で、「311、ホタテキャンドルを灯そう」というイベントをひらきました。
ホタテキャンドルは、南三陸町・歌津の漁協女性部の方々が
復興の祈りを込めて手作りしているものです。
以前、支援のために共同購入したものを点灯しました。
http://www.seepa.jp/u/hotatecandle/

2011.3.11、東京では帰宅難民になった人が多かったけれど、
その経験によって、
「痛みをわかちあおう、何か力になろう」という気持ちを強く持つきっかけにはなっていると思います。
1年経って、親しい人たちと会って話をする、つつがない日常がいちばん幸せだと
心新たに感じました。
そのための応援を微力でも続けていこうという誓いの会でもありました。

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愛知県 山内 勇人さん

3月12日(月)、勤務する学校内で復興カフェを行ないました。
生徒の各種イベントが重なり、参加人数が少なかったのは残念ですが、
実際に被災した生徒、東北ボランティア経験のある生徒、関心はあるものの未だ行動はできていない生徒が集まってくれました。
これからの日本を創り上げていくのは彼ら若い世代。
一人でも多くの生徒が、東日本大震災に対して関心を深めることを願ってやみません。
生徒の感想を紹介します。

テレビを見て、東北は全く復興していないと感じたので、
やはり、本日の話でも出たとおり、ボランティアの人手が足りないと思いました。
被災地からのメッセージDVDを見て、被災地の方々が感謝の気持ちを言葉に表せないほどあったので、
何もしていない自分が悔しいです。

去年の3月11日の出来事を忘れないようにしようと思っています。
あの時、テレビで放送されていた光景は生まれてはじめてみる物で、
記憶に残っていたのが、今回ボランティアに行こうと思ったキッカケです。
今後僕らができることは、この寒い冬に暖かい毛布、マフラーを一つでも多く
送ることではないかと思っています。
そして何より、はげましの言葉、自分たちは東北を忘れていないよ、
という意思表示が大事なのではと思いました。
(この生徒は春休みにボランティアに行くそうです)
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宮崎県 梶原 武史さん

・あの日から1年。ほとんどの人に影響を与えた東日本大震災。当時東北在住ではなかった自分も、東北に家族を持つ者がおかれた立場、そして大津波が街・人を飲み込んでいく様子を見て衝撃を受けた。いつまでも、忘れてはならないと思います。 (宮崎在住21才)

・3.11
テレビを見て衝撃を受けた。本当に日本なのか!?
自分は何かできないのか、福祉を学んでることもあり考えた。しかし、福祉は何もできない!先に現場に送られるのは医療関係者ばかり。
こんな福祉を学んで少ししか経ってない僕ですら分かる、福祉の弱さ!!改めて実感した!
だから渋々できることをした。本当に気持ちだけど募金箱を見たら募金するように心掛けた!!
自分一人じゃ何もできないかもだけど皆の力を合わせればきっと何か変わる!!
まだ何も解決なんかしてない!これから皆で力を合わせて復興していきたい。
自分もその一人になりたい!
日本人、いや、人類は3月11日を忘れてはいけない!
九州に住んでいて何不自由していない僕が言うのも説得力がないですが、被災地の皆さん一緒に頑張りましょう!!
最後になりましたが被災されて亡くなられました方々のご冥福をお祈りいたします。(宮崎在住21才)

北海道 池田雪花さん

3月11日に復興カフェを行うことができたのですが、ちょうど1年が経つ日ということで、ニュースなどでたくさん東北が取り上げられていました。南三陸町の防災庁舎などを見に行く人々もたくさん映っていました。被災者の皆さんの気持ちを考えると、観光のようになってしまっては嫌だと感じましたが、被災地を実際に見ることはすごく大事なことだとも思います。その辺りは、何が良くて何が悪いのか、線引きが難しいと思いました。

また被災地の皆さんは、震災のことを忘れないでほしい、という気持ちも、そっとしておいてほしい、という気持ちも両方持っているんじゃないかと思います。
だからこそ支援する側としては、自分には何ができるのか、何をしたら被災者の皆さんに元気を届けることができるのか、悩むところであり、正解のない難しさに改めて気付かされました。

今回参加した3人は2月にボランティアに参加しましたが、参加したことで震災を現実のものとして受けとめることができたので、真剣に震災について考え、話し合うことができたのだと思います。

北海道という地からできることは多くないですが、これからもずっと被災地の努力を忘れず、応援を続けていきたいと思いました。

また、こういった思いを持つ人が、もっともっと増えますように。

一歩ずつでも、東北が復興に近づきますように。
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茨城県 平野さん

飯能市震災追悼復興市に、ボランティア団体「飯能VSC」として出店し、①南三陸町の仮設住宅の主婦たちが手作りした商品の販売の被災地支援チャリティショップ、②南三陸町の仮設住宅にメッセージをいれたベンチを贈るコーナー、③佐藤信一さんの写真展、④支援物資受け付けコナー、⑤被災地のこと、被災者のことを語り合う復興カフェの5つのテーマで展開し、無事終了しました。カフェに来られた方には「一言ノート」をおいて、震災1年を迎えての感想を頂きました。この復興カフェの「一言ノート」に書かれた文章をお伝えして、感想としたいと思います。
≪復興カフェ一言ノートより≫
震災1年にあたり、この様なイベントを開催して頂き有難うございました。普段から、被  災された方の事をTV等メディアで目にしては心を痛めていました。このイベントで、飯能のここんなにもたくさん方々が、応援している姿を見て心が温まりました。今後も、私自身心から、応援を続けたいと思っています。有難うございました。

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静岡県 石川美里さん

 東日本大震災からちょうど一年が経ち、この一年をどう過ごしたか、これからどう過ごすか、改めて考えてみました。

静岡県は東部が東京電力区域で、計画停電で苦労したことや、津波の恐ろしさ、東海地震がきたら、自分たちの住む町はどうなってしまうのだろうという話が出ましたが、参加者全員、家族や今あるものを大切にしたい、という思いがいちばん強かったように思います。
大学生で、一人暮らしをしている人は特に、家族がいるありがたみと、家族がそばにいない不安を経験しました。
私たちは被災していないので、いつも通りの生活をして、当たり前に家族や友達と過ごしてきました。それでも、改めて震災のことや被災地で前に進もうとしている方々のことを考えると、私たちはもっと、一日一日を大切にしなければならないのではと思えてきました。

被災地まで足を運んでボランティアすることができなくても、静岡からできることもたくさんあると思います。
募金や物資支援、なにより東北のことを忘れずに過ごすこと。

今回の参加者は、教師になりたいという夢があります。
今は自分たちの夢に向かって、一生懸命勉強して、今の生活を大切にしていきたいと思います。

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兵庫県 加藤 耕平さん

 兵庫県は9人が有志で集まり、震災直後の意識や阪神大震災と比較しての現在の復興状況、今後必要となること、自分たちに今できることなどを話し合いました。多くの方が何かしたいが何をしていいかわからないという印象でしたが、現地にいった方が友人や仲間に話をし、悲惨さだけでなく現地の名産や伝統などいいところを伝えていくことが大切だと共感しました。また、このような話し合いを継続し、日本全体の意識を今一度高めていければと次回への発展も含め気持ちを高めました。

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徳島県 佐々木 勝喜さん

このたびはいまだそのままのガレキ等について、何故受け入れしないのだろう、とか未だ住まいのないかたへの地方への移住とかについて話し合いができました。
少しでもお役にたてたらとのみんなの思いでした。

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東京都 則武 透子さん

今回カフェを通して、この一年で自分たちができたことは本当に小さなことだったと改めて思いました。
ただ、今回はボランティアに参加経験の有る方と無い方の両方が参加して下さり、ボランティア経験の無い方にも現地の状況をシェアすることができたので、周りの人に現地の状態や活動を伝えるなど、小さなことでも出来る限り動くことが大切だなと思いました。
また、震災から一年を振り返り、一年間で瓦礫処理、放射能への対策など新たな問題が多くうまれていることを実感しました。
今までよりも、これからできることのほうがきっともっと多いはず。
一年という節目の今日、日本や世界の各所に復興カフェなどを通して3月11日を振り返っている人がいるという事実に、今後も東北を思って力を注げる人がたくさんいるのだという自信をもらうことができました。
今までできなかったことを悔やむのではなく、これからできることを探して、少しずつでも実行できていきたいと思いました。

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神奈川県 木戸 冬彦さん

 ・今回の震災を受けて、世界が変わった。自分がどのように生きるべきか、生きたいか、そういったことがよくわかった。
・震災のおかげで政府・メディア・学者などの裏の部分がよくわかった。自分自身がしっかりしないといけない。
・もう県境なんてものはない。
・被災地への直接的な支援でなくとも、自己満足と言われてもとにかく何かしら行動をする。
・これからの理想とする日本社会を胸に描き、それに向けて一歩づつ行動する。それがゆくゆくは東北の復興にもつながる。もちろん日本再生になる。
・福島への支援は本当に複雑で難しい問題。現地に残る人を支援することがいいのか、避難してもらうべきなのか。
・原発に代替する電力を選択していくこと、原発に頼らない生活を心がけること。

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山梨県 織田 美恵子さん

参加者は、気仙沼から転居されて来た方、車いす生活をされている方、介護職の方、教員、学生の10名でした。

震災から1年を振り返り、どのように思っているかというテーマでは、避難場所や家族(仲間)との安否確認の仕方を再チェックしたり、地域とのつながりを作ったりなど、防災意識が高まったという話がでました。
そして、被災地や地元で今後私たちができることというテーマでは、被災地での心のケア、地元では昔から根付いている地域意識を大切にした安否確認方法や助け合い方法の構築などの話がでました。
その中で、被災地から転居して来た方をサポートしたいが、市に問い合わせても「個人情報の保護」という理由で、情報をもらえない。また、被災して転居されてきた方同士でも、同じような理由で教えてもらえず、同じ境遇同士でのつながりも持てない、という話がでました。
個人情報の保護という壁により、サポートしたくてもできない、サポートを受けられるはずなのにサポートを受けられない人が多いというもどかしい現実。何とかできないものか。

さらに、この地域(山梨)では、昔からの地域の仲間を大切にする文化があり、それはいいことなのだけれども、一方で「よそ者を受け入れない」という面もあり、県外から避難してきた方、学生、転勤など「よそ者」扱いで、コミュニティに入れていない現状。今こそ地域力!と思っていたのに(T_T)
自分から一歩前へ出て、この地域の人とつながる努力が必要だと感じました。

被災地から転居されて来た方は、生き残った人たちの苦悩を話してくださいました。
目の前で津波にのみこまれていく人たちを見て何もできなかった、「助けてくれ」と言われたのに助けられなかった、なぜ自分だけ生き残った?一緒に津波にのみこまれれば良かったのか、思い詰めて苦しんでいる人がたくさんいるという話。自分だったらどうしただろうか?悩みます。
まずは自分が助かる、そして余裕があれば助けに行く、自分ができる範囲で無理をしないで、自分を大切にする、していいんだ伝えていきたいと話していました。

今回も、すごく考えさせられる話し合いになりました。

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福岡県 寺崎 三希子さん

テーマ①震災から1年間を振り返り、どのように思ったか。

 これか時間がたつにつれ、震災について考える機会が減ってしまわないように、復興カフェやその他のイベントなどにも積極的に参加し、震災について忘れない努力を少しずつでもしていきたいと思った。
 また、復興にはまだまだ時間も人でもお金もかかるけど、一人ひとりが一歩ずつ復興に向かって頑張っているということを伝えていくことで被災地に行ったことがない人も復興への意識を高めてもっとみんなで頑張っていこうっていう気持ちにしていけたらいいと思います。

テーマ②被災地や現地で今後私たちに出来ること。

 現地に行けても行けなくても、被災した人たちの気持ちに寄り添えるような活動を続けていきたいです。
津波で流されてゼロからのスタートにはなるけど、前よりもいい街づくり(見た目だけじゃなく、内面的にも)ができるような支援をしたいです。
    ⇒人とのつながりや、地域性、安心かんやぬくもりが感じられる街

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カナダ(オタワ)

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カナダ(バンクーバー)

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3月復興カフェの感想⑩

青森県  片桐雪乃さん

個人単位では小さなことしかやれないのですが、それをこれからもより多くの人に広めていきたいと思いました。もっと多くの人にこういった活動を広めていき、それがまた新しい活動につながっていけば本望です。私たちの周囲では実感を伴わない人が多いようで、そういった方々にも少しずつ広めていきたいと思いました。

微力ながら自分にできることであれば、メッセージを書いたりだとか、押し付けじゃない程度に呼びかけしたりと今後頑張りたいと思いました!
また、青森県単位として、震災復興意識をもっと高められないかなと感じました。

福島県  紺野禎子さん

11日はそっとしておいて欲しい。そう言っていた南相馬市。
過去3回開催しましたが、毎回「復興」と言う言葉を使えるようになるにはまだまだ時間がかかると感じていました。
そして今回も・・・

1年が過ぎ、復興へ向かう地域。これから頑張ろうとしている地域。そして、南相馬市はスタートラインすら見えていない地域です。この差はどんどん大きくなる一方です。
毎回、誰に聞いても同じ気持ち、同じ意見。
「復興じゃないんだ」と・・・。
政府は本当の事を言っていない。誰を信じたらいいのか、何を信じたらいいのか。
福島と言うだけで特別な目で見られ、嫌な思いをさせられる。
子供たちがいじめられる・・・
自分で自分の生活を家族だけを守れればいい。そう思ってしまっても仕方ない・・・。
でも、いつまでも今のままではいけない。
どうにかしなければ・・・
何かが変わるきっかけが一日も早く見つかって少しでも力になれたらと思います。

埼玉県  市川航太さん

今いろんな人がいろんな場所で戦っています。それを偽善者だとか、いい事やってるとか言う人もいます。せめて自分のまわりだけでも震災に対する想いがあるとか、なにか行動している人を応援できる人がたくさんいてほしいです。

被災地はいま動き出しています。前に前にすこしずつ動いています。かわいそうって思うのではなく、そこに協力できる方が一人でも多くいてほしいです。なかなか現地に行くのは難しいし勇気のいることです。しかし大学の単位が得られるでも、就活の役にたつでもいいので一回行っていただけたらと思います。募金をするでも情報を集めるだけでも被災地のためになります。
今回のような会を設けさせていただいて感謝しています。来ていただいた方や、少しでも興味を持っていただいた方にも。
これを機になにか動くきっかけができたり、その方の考え方が変わっていけばいい役目ができたと思います。なにより忘れないで欲しいです。これからまだまだ勉強して、先頭に立って行動していければと思いました。いろんな方に感謝する一日でした。
ありがとうございました。

静岡県  増田 知佳さん

①実際現地に行ってみて感じたこと
連日ニュースで報じられているので、震災直後に比べると、ニュースが流れていることがどこか当たり前のようになり、いつの間にか他人事のように感じていた部分があった。
東北のことについて考える時間は圧倒的に増えたし、何かしなければと前以上に強く思うようになった。
また、家族や友達、身近な人達に自分達が見たこと、感じたことを伝えて、自分達と出来るだけ同じくらい、身近なこととして感じてもらいたいと強く感じた。

②被災地や地元で今後私たちに出来ること
上でも述べたように、自分達の感じたことを一人でも多くの人に伝える!また、今後活動していくにあたり、個人でできることには限りがあるので、自分の大学や、地元浜松の他大学の人達ともコンタクトをとり、できるだけいろんな人達と力を合わせていきたい。

さらに、地元静岡県ではずっと前から東海大地震の危険があると言われている。地震に対する危機感が少ないように感じる。これでは、東海大地震が起きてもまた甚大な被害を起こしてしまう可能性がかなり高いだろう。
東北の方達が今せっかく上を向いて進んでいっている中、同じような被害を起こしてしまうことだけはしたくない。
そのために、東海大地震に備えていく活動もこれからしていきたい。具体的には、東海大地震が起きた場合の避難経路を考えたりなどをやっていく予定。

3月復興カフェの感想⑨

鳥取県  小泉 めぐみさん

家族で復興カフェをしました。
父と母、そして1番伝えたい娘。家族で改めて震災の大変さ、被災者へ自分達が何が出来て、震災から何を学んだのかを話しました。
始め黙って聞いていた父が、復興を自分なりに支えたいなら、今後何年もかかる復興に持続して携わる事が大切だと言いました。
あんなに反対していた父が、これからも続ける事が大切だと言ってくれた事が私なりの復興カフェになりました。
今後はもっと沢山の人と語り合える復興カフェにしていきたいです。

広島県  旭 健伸さん

広島では今回の震災の被害はあまりなく、関東地方で暮らしている方以上に広島で暮らしている人達の震災に対する意識が希薄、風化しているのは、個人的な認識としてあると思っています。僕が南三陸町に行く前もそんな気持ちでした、ニュースで流れている被災地は同じ日本でありながら、なにかバーチャルな世界のように思え、ニュースで見る被災地を現実感がなく見て過ごしていました。やはり被災地に行ったことのない他3名の方も、同じような気持ちだという話をされました。阪神大震災はまだ身近で、広島も揺れたため現実感があったが、今回の震災ではあまり現実感がないということでした。被災地の方にはとても心苦しい言い方だと思いますが、それが広島以西の大多数の住民の本音、現状だと思います。

広島では原爆の話をよく見聞きします。その中で原爆の事を後世に伝えないといけないとは思っていたが、思い出したくないという思いで人に話すことができなかった、が被爆から数十年たち、やっと子どもや孫に話ができたという事を聞くことがあります。今、南三陸でも同じように苦しまれている方はいると思います。

鹿児島県  坂元 美風さん

こんにちは、鹿児島県の復興カフェリーダーの坂元です。
今回の復興カフェは、多くの皆様からのご支援を賜り、15名で開催することができました。

1年前のあの日、失われたものはあまりに大きく、遠く離れた地に暮らすものとして、何ができるかという問いと向き合い続けてきたこと。
しかし、その問いに正解はなく、私たちは自分たちにできることをその時々で考え、被災地のニーズにこたえていかなければいけないということ。
それぞれの目線で語りあえたと思います。

また、復興には人や物が動き続けることが大事なのだと。
私たちもボランティアや支援物資等で、これからも長期的支援をしていこうと語りあいました。
自分たちがすべきことを、自分たちにできるかたちで。
鹿児島でできることを地道に続けていきます。

復興にはまだまだ時間はかかると思いますが、被災地の方々の安らぎの時間が増えていくこと、たくさんの笑顔が戻ることを心から願っています。